第二章 邪の道 二

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 そろそろ日も暮れようとするころ、山道が集落の外れにさしかかると、森の奥から女の呻き声が聞こえた。前を行くカズマが足を止めると再び女の悲鳴が聞こえて、続いて男の怒号が上がった。 「気にせず行けよ、旅人さん」  森に足を向けようとしたその時、木の陰から男が声をかけてきた。  そこに男が潜んでいることには気づいていたが、森の奥の気配には気づけなかった。男たちが女を押さえつけ口元を塞いで息を殺していたのだろう、女はそれを振り切って悲鳴を上げたのだ。 「聞こえなかったのか、行けと言ってるんだ。子供に怪我をさせたくはないだろう、面倒事に関わるとろくなことにはならないぜ」  男が気取った調子で芝居のような台詞を吐いた。  年齢は二十歳くらいか、虚勢を張って見せてはいるが青臭さは隠せなかった。波のようにうねった金色の髪の毛、山間の集落には不似合いな派手な混色のコートを纏い、首元には洒落た黄色いスカーフを巻いている。  これ見よがしに肩から提げた細身の長剣は柄も鞘も真新しく、まるで観賞用の飾り物のようだった。 「どうしたピエロ、さっさと追い払わねえか!」  森の奥から業を煮やしたような男の怒鳴り声が聞こえた。 「ピエロじゃねえ、俺の名前はピカロだ」 「若僧が、いきがるんじゃねえ」 「とんだ役立たずだぜ、見張りもまともにできねえのか」  五人の男たちが口々に若者を罵りながら、のそのそと茂みの中から姿を見せた。  どの男もむさ苦しい口髭を生やし、どの男も薄汚れた衣服を纏い、どの男も腰のベルトに使い込んだ長剣を下げてはいたが山賊や物盗りの類いには思えなかった。  男たちが睨みをきかせながら、路上でカズマを取り囲んだ。  正面に二人、ひとりは娘の腕を取り羽交い締めにしている。左右と背後にひとりずつ。後ろに下がった若者は、ほら見たことかと薄笑いを浮べていた。 「流浪の剣士か・・・」  正面の男がカズマの腰のカタナに目を落とした。続いて傍らに立っているこちらに目を向けて、腰に差した小カタナに目をとめると少し戸惑うような仕草を見せた。 「見てみろよ、子供が生意気にも腰に剣を差していやがる。一人前の剣士のつもりか」  男たちがいっせいに声を上げて嘲笑った。 「悪いことは言わねえ、痛い目にあいたくなかったらとっとと消えな」 「助けてください!」  娘がカズマに助けを求めた。まだ十五、六か、少女のようなあどけない表情をしている。 「黙れ。俺たちを色魔扱いしやがって、金は払うと言っているんだ、それで文句はねえだろうが」  娘を羽交い締めにしている男が、言い含めるように言った。娘は拒絶するように激しく首を振る。 「旅人さん。勘違いするなよ、俺たちはこの娘を無理矢理手籠めにしようとしているわけじゃねえ。このあたりの村では訪れる巡礼者や旅人に一夜の宿を貸すことが貴重な収入源になっている。宿代に飯代や酒代、女たちは夜の相手をすることでたんまり金を稼ぐのさ」 「事情はわかりませんが、嫌がる者に無理強いはできないでしょう。こうして助けを求められている以上は、黙って立ち去るわけにもまいりません」 「なんだとぉ!」 「流浪人が利いた風な口ききやがって!」  男たちがいっせいに腰の剣に手をかけた。
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