零 一

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「それにしても、俺はいまだに信じられん。本当にあの男なのか。あのような流浪の剣士に、親父をはじめ我が一門の手練がことごとく討ち取られたというのか」 「人相、風体、腰に差した見慣れぬ細身の剣もすべて調べと一致している。なにより子連れであることがその証拠だ。あの男に間違いない」 「だとすれば、親父はよほど油断していたのだろうな」 「あるいは、思わぬ幸運が味方したのかもしれん」 「幸運だと。兄貴はあの噂を真に受けているのか、コーサス一族の血を受け継ぐ者は幸運を引き寄せるチカラをもつという根拠のない与太話を」 「そうでもなければ親父が討たれた説明がつかん」  ボーグはそう言って、先を行く親子の背中を見つめた。  賞金稼ぎを生業として諸国を渡り歩く流浪者親子の行方を追うことは容易ではなかった。ようやく男が償金首の重罪人を討伐したとの情報をつかむことができたが、現地に駆けつけた頃にはすでに行方を眩ました後だった。  やむをえず親子が目指す方角に当たりを付けて、日暮れ前に辿り着ける距離にある宿場町に向かい、場末の裏路地にある古びた料理屋の店先で親子を見つけたのだった。  人相や外見からその子連れの流浪者がカズマ・マダライ・コーサスと確認したが、警察隊が常駐している宿場町で手を出すわけにはいかず、親子が宿泊する宿屋の向いに宿を取り、翌日になって親子が出立するのを見届けてから跡を追ってきたのだ。 「人目を避けるには十分だ、これ以上の追跡は無意味。ゾーグ、手筈はわかっているだろうな」  ボーグが意を決したように声をかけた。 「確認するまでもない」  ゾーグが三名の剣士に目配せすると、男たちはそろって頷いて見せた。 「俺たちがしくじればもう後がない。なんとしても、ここで仕留めるぞ!」  ボーグが立ち上がって剣を抜いた。同時に剣士たちがいっせいに剣を抜き、茂みの陰から駆け出すと、親子を取り囲むようにして四方に散っていく。  流浪者親子は足を止め、背中から背負い袋を下ろして、静かに振り返った。 「やはり気づいていたのか」  ボーグが舌打ちする。
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