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( この静けさはなんだ・・・。 )
男が剣を構えた瞬間に、場の雰囲気が変わった。
時が止っている。そんな感覚だった。その気配は周囲の自然と同化して、存在そのものが消えている。
低い位置に構えた剣の柄に、右手が軽く柄に添えられていた。瞼を半眼にして、虚ろな視線を足下の地面に落とし、肉眼で相手の動きを追うのではなく、感覚で捉えているかのようだった。
ボーグは動くことが出来なかった。瞬きや呼吸、心臓の鼓動まですべて見透かされている。
額に汗が滲んだ。呼吸が浅くなっている。心臓の鼓動が高鳴りはじめて、筋肉が萎縮していくのを感じた。
( 男が纏う不気味な静けさに呑まれかけている。時間をかければ相手の術中にはまるだけだ。 )
ボーグは鼻から大きく息を吸った。胸の前で真横に構えた両刃の剣を、上段に振り上げながら一気に間合いを詰めていく。
「おりゃあっ!」
男が静かに前に出た。
その動きに気づいたのは、剣を振り下ろした瞬間だった。
捉えたはずのボーグの剣が相手の身体を掠めて空を斬り、低い位置から振り抜いた男の刃が脇腹を斬り裂いていく。
互いの身体が交差して、わずかに静止したのちに、ボーグが地面に膝をついた。斬り裂かれた脇腹から赤黒い血が流れ落ちていく。
不思議なほど痛みは感じなかった。血を目にしなければ、斬られたことさえ気づかなかったかも知れない。
「見事だ・・・」
ゆっくりと地面に身を横たえながら、ボーグが男を振り返った。
男は静かに振り返り、剣を腰の鞘に収めると、うやうやしく頭を垂れた。
( 刺客の俺に、頭を下げるのか・・・。 )
意識はそこで途絶えた。
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