4人が本棚に入れています
本棚に追加
零 二
零 二
樹海の奥には手つかずの自然が残されていた。
生い茂った植物、立ち並ぶ樹木、横たわった枯れ木や地を這う木の根を苔が覆い尽くして、辺り一面に幻想的な深緑の世界が広がっている。
「あそこだ。娘を逃がすな!」
「小娘が、ちょこまかと」
静まり返った森の中に、男たちの怒号が響いた。
娘が樹木の間をすり抜けながら、茂みの中を駆け抜けていく。その後を、ゾーグを先頭に三名の男たちが追いかけていった。
平坦な場所ならば子供の足に追いつくことも容易だろうが、岩や木の根や地面の凹凸に足を取られて、距離は一向に縮まるようすもない。
「ええいっ、くそぉ!」
ゾーグが木の根につまずいて前のめりに倒れ込んだ。苔の上を滑りながら緩やかな傾斜を転がっていく。
「俺にかまうな、娘を追えっ!」
ゾーグを後目に、三名の男たちが娘を追って走り去っていった。
「このまま樹海の奥に逃げ込まれたら見つけることは困難だ。そこまで計算したうえで娘を走らせたのか」
ゾーグは悔し紛れに拳を地面に叩きつけた。大きく息をつき、剣を腰の鞘に収めると、その場に座り込んだまま、がっくりと肩を落とした。
「あのようすでは娘に追いつくことはできまい。さらに森の奥に入れば樹海から出られなくなる恐れもある。どうやら引き返すしかなさそうだ。
いまごろボーグが流浪の男を仕留めていることだろう、父親の亡骸を餌にして娘が姿を見せるのを待つしかない」
「そっちに行ったぞ、逃がすなっ!」
「いたぞ、娘を見つけた!」
近くで仲間の声が聞こえた。気配が次第に近づいてくる。
「どういうことだ、娘が引き返して来たのか」
ゾーグは素早く立ち上がり、声の方へと駆け出した。
最初のコメントを投稿しよう!