星降る夜に人も降る

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星降る夜に空を見上げれば、人が降ってきた。どうやら木からうちの別荘によじ登っていたところ、落ちてしまったらしい。 どう考えても泥棒。 しかしどうしようもない経験をして死んでしまいたい私は、その泥棒を話し相手にした。 「頭おかしいんじゃねーの。別荘に一人でいる怪我人のおじょーさんが、忍び込んできた泥棒招いて茶を淹れるなんてよ」 「一階居間の引き出しに現金はあるから好きに持っていけばいいわ。あと、お茶を淹れるのはあなたよ。私はこの怪我だもの」 泥棒は若い男だった。意外にきれいな身なりをしていたから信用した、というのもある。けれど私がこんな無茶をするのは死んでしまいたかったのと、このぐちゃぐちゃした思いを吐き出さなければ破裂してしまいそうだったから。家族にも言えないけれどそのへんの泥棒には言えるような話はやまほどある。 だからこの泥棒がいますぐ金を奪って逃げても構わないし、殺してくれても構わない。 強姦魔かもしれないが、腕を三角巾で足や頭に包帯が巻かれている私とこうして話しているあたり、違うと思った。いくら強姦魔でもずたぼろの女は襲わないか、それでもいいという動物なら会話もしないだろう。 現に泥棒は文句を言いながらもキッチンでかいがいしく茶の支度をする。包丁などに手を伸ばす気配はない。茶葉の用意よりお湯の用意に困っているようだった。 「お前、要は紅茶が飲みたかったのかよ。お手伝いさんは?」 「お葬式に出てて帰りは遅いの。ねえ、私お手伝いさんがいるって言ってないよね?」 「……別荘にいる怪我人のお嬢様ならお手伝いさんがいてもおかしくないだろ」 「なんだ、私の事を知ってる人だと思っちゃった」 「っ!」 茶葉片手に泥棒は大きく震えた。多分この反応、私のことを知っている。 「知ってるでしょ、私は堤響子、『悲劇のヴァイオリニスト』として活動して、事故に巻き込まれたって」 父親、堤勝之が同業者、獅子谷祐一に殺されたあの日から、私は『悲劇のヴァイオリニスト』と呼ばれてしまうことが決まった。 父親がヴァイオリニストで、有名人だった。そして同じヴァイオリニストにやっかまれ殺された。きっとただの殺人事件では誰も気にも止めない。しかし嫉妬という人間らしい感情で殺人という動物的な行為が人々の心に深く残ったのだろう。そのニュース は誰もが覚えているようなニュースになった。 なのでマスコミは加害者家族も追いかけて、なんでもいいから情報を垂れ流す。被害者遺族だって容赦しない。 あっという間に被害者には娘がいて、その娘はヴァイオリンをやっているという情報は知れ渡り、またマスコミがさあ感動しろとばかりに垂れ流す。大衆もそれに同情し、私はこのクラシックなんてまったく売れない時代で、売れるヴァイオリニストになった。結局皆、高尚な芸術よりシンプルに感動できるストーリーを求めているのだろう。
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