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「ごめんくださ~い!!!」
駐輪場で、自転車に空気を入れていたところ、突然声をかけられた。
振り返るとそこには、一人の小さな女の子。
白いワンピースを着た、髪の毛も、肌も真っ白の美少女だった。
僕と目が合うと、ニコッと微笑んで、こちらに近づいてくる。
「こんにちは!あぁいや。こんばんは!でしたね。ごめんなさい」
「は、はぁ」
時間にして、もうあと一時間ちょっとで、日付が変わりそうなころ。
こんな小さな女の子が、一人でうろついていて良い訳がない。
そんな僕の心配をよそに、女の子はずっと笑顔を浮かべている。
「おっと、すいません。自己紹介が遅れました。私はこの国の流れ星係を担当しているものです。みんなからは、キラリーなんて呼ばれています」
……中二病かな?
人間だれしも、一度は通ってしまう道。
だけど、それが深夜徘徊と合わさると、とても危なくて。
「あの……。こんな時間に一人で歩いていたら、危ないよ?君、小学生くらいだろう?」
「違いますよぉ!もう……。日本人は本当に心配性ですね。でも、こないだ一時期海外の担当になったことがあるのですが、いきなり銃口を向けられて驚きましたよ。どうやらスラム街?という地域だったらしく、それはもう打たれました」
「打たれたのかよ」
思わずツッコんでしまった。しかし、目の前の女の子は、傷一つ無い、綺麗な肌をしている。打たれたというのは、何かの冗談だろう。
「とにかく!こんな暗いところで、そんなサビた機械を弄ってないで、星を見ましょう!」
「さ、サビた機械か……」
結構気に入ってるんだけどなぁ。この自転車。
で、なんだっけ。星?またおかしなことを言う子だなぁ。
「悪いけど、星には興味がないんだ」
「でも、私には興味があるでしょう?お兄さんの目は、一体こいつは何者なんだろう。どうして自分にかまうんだろうって、何度も思考を重ねて、ミルフィーユみたいにしてお皿に乗せてます」
どんな表現だよ。
少なくとも、こんな小さな女の子が言うようなセリフには思えなかった。
ひょっとすると、身長が低くて、童顔なだけで、もう少し年齢は上なのかもしれない。中二病というくらいなのだから、中学二年生という可能性も、否定できなくて。
ただ、どちらにせよ……。何か面倒ごとに巻き込まれるのは、嫌だなぁ。
「とにかく、家に帰った方が良いよ」
「ですから、一緒に星を見てくださいって」
キラリーちゃんが、僕の手を掴んできた。そして、駐輪場の外へと引っ張り出そうとしてくる。
「待った待った。痛いよ……」
「でも、もうすぐ時間なんです」
「時間?」
「星が、降る時間」
……そんなニュースは、聞いてないなぁ。
ニュース見てないから、わからないけど。
「この時間だと、職務質問をされることもあるかもしれない。君みたいに、目立つ容姿をしていればね。そうなる前に、帰ったほうが身のためだと思うけど……」
「その時は、優しいお兄さんが守ってくださいよ」
「僕は、そんなに優しい人間じゃないよ」
「優しくなるつもりはないんですか?」
「なろうと思ってなることができるなら、とっくにそうしてる。あの、そろそろいいかな。部屋で、彼女が待ってるんだ」
「おほぅ。どうやら嘘では無いらしい」
キラリーちゃんが、僕の顔を覗きこんできた。それで嘘か真実かを見分けられるのだろうか……。
そんな風に思っていたら、背後のドアが開いた。
「奏介。おまた……」
あぁ、そうだった。
僕は彼女に、虫ゴムを持ってくるのを忘れたから、持ってきてくれって、頼んだんだった。
僕の手は今、キラリーちゃんという女の子に握られている。
この状況を、どう捉えるか。
「浮気?」
「よく見てくれ。小学生くらいの女の子だよ」
「恋に年齢は関係ないもん。ね?」
「その通りです」
なぜか、たった数秒で、二人は良好な関係性を築いた。
「可愛い子じゃん。どこから来たの?」
「星の向こうから来ました!」
「へぇ……。面白そう!」
「幸音……。付き合わなくていいから」
「奏介はリアリストすぎるんだよ。たまには幻想とか、妄想とか、空想とかさ……。相容れない心を持つべきだから」
「相容れない心?」
「想っていう漢字」
「言葉で遊ぶなよ……」
そして、別に上手くもないという。
文系学部の大学院に通っているとはいえ、そういう高度な技を使わないでほしい。
「そろそろ設定した星が降る予定なんです。ほら、早く」
「早く早く」
特に意味もわからず、幸音が僕の空いている方の手を握って、キラリ―ちゃんと一緒に引っ張り始めた。
「一つ、訊いてもいいかな」
「なんでしょう」
「君はさっき、星が降るという表現をした。そして、流れ星の係りだとも……。それは星の正体を知った上で、こちらに合わせて話をしているのか?」
キラリ―ちゃんは、少しだけ迷った後、答えた。
「良い機会だから教えましょう。あれらは全てまやかしです」
「まやかし?」
「本当に、星は降っています。降らせています。砂粒が地球でなんちゃらと衝突して光ってなんてのは、全て嘘ですから。その証拠に……。ほらね」
そう言うと、キラリーちゃんが、ポケットから何かを取り出した。
小さな石のようにも見えるが……。少しだけ光っている。
幸音がそれに手を伸ばそうとした瞬間、サッとしまった。
「これを、空の上から……。おっと、これ以上は企業秘密ですね」
「企業ってことは、会社員なんだ」
「そうなりますね」
星を降らせる会社員……。なんだそれは。聞いたことない。
「さて、と。あと少しですね……。ほら、そろそろ表に出ましょう」
「表出ろやだって。奏介」
「そんな喧嘩を売るような言い方ではなかったと思うよ」
二人に手を引っ張られ、駐輪場の外へ。
そして、キラリーちゃんが、空を指差した。
「予約した時間まで……。あ、もうあと五秒ですね」
四、三……、とカウントしていく。
「ゼロ」
その瞬間。
見たことも無い数の流れ星が、一斉に降り出した。
僕も幸音も、言葉を失ってしまう。ありえない量だ。まるで漫画の世界のように……。
「うわぁすごい……。ほら奏介!願い事言わないと!」
「あ、え」
いきなり言われたところで、僕の頭は真っ白だった。
「ふふん。焦らなくてもいいんですよ?奏介さんが、ゆっくり三つ唱えるまでは、降らせ続けますから」
そんなことが、できるのだろうか。
……ここまでされてしまったら、この不思議な少女の言うことを、信じる他ないだろう。
僕は、必死でひねり出した願いを、三回心の中で唱えた。
「あ、ついでに私も祈っちゃった」
「かまいません。祈りに限りはありませんからね」
そして、流れ星は止まった。
一仕事終えたように、キラリーちゃんが息を吐いた。
「じゃあ、私はこれで」
「……えっと。ありがとう」
「素直であることは、良いことですよ」
こっちに手を振ったと認識した、次の瞬間には、もうキラリーちゃんはいなかった……。
夢だろうか。いや、間違いなく現実。
一体、何が起きていたのだろう。
「いやぁ~不思議な経験したね」
「そうだね」
「せっかくだしさ。もうちょっと空を見ていようか。あ~ほら。あそこにあるのが、えっと……」
「幸音」
「ん?」
僕は、さっきの願いを思い出していた。
そして、キラリーちゃんの言葉。
――素直であることは、良いことですよ。
きっと彼女は、僕の願いを知っている。聞いたんだと思う。
だから、実現しなければ。三回唱えれば願いが叶う。それが流れ星なのだから。
僕は、繋がれたままの手に、さっき空いたばかりの手を重ね。
幸音の目を見ながら、告げた。
「……結婚、したい」
「……え」
「君と、結婚したいと、思ってる」
幸音が、目を丸くした。
しかし、すぐにその意味を理解してくれたらしい。
「まさか、その結果を、星に?」
「……あ」
……そうじゃなくて。
もっと、その前の段階で。
こんなことがなければ、告白すらもできない。ビビりで、臆病な僕。
「違うの?」
「勇気が出ますようにって、お願いした」
「……ぷっ」
そんな僕を、幸音は笑ってくれた。
「奏介らしいよ。あはは!」
「笑わないでくれよ……。それで、返事は?」
「……うん。よろしくお願いします」
幸音が、ぺこりと頭を下げた。
胸に、どっと幸福感のような、何とも言えない感情が湧いた。
それは、ほっとする気持ちだったかもしれない。とにかく、何かがたくさん、湧いて、溢れた。
「こういう時、黙って抱きしめてくれる旦那さんじゃなきゃ、嫌だなぁ~」
「ごめん……」
「いいよ。これからゆっくり、そうなっていこうね」
「うん……。ところで、幸音は、何てお願いした?」
「……」
「幸音?」
「二人の最初の子供が、無事に生まれてきますようにって」
「……ははっ」
なんだ。似た者同士じゃないか。
そう思いながら、幸音を抱きしめた。
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