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『大丈夫だよ。
駅前からタクシーに乗るから。』
『遅くなると、タクシー、なかなかいないのよ。
それに、うちはちょっとわかりにくいところだから迎えに行くわ。
ちょうど雨も降って来たし。』
『良いって。
暗いし危ないから。』
『大丈夫よ。
お父さんも一緒に行くから。』
その日、仕事は昼までのはずだった。
だけど、突発的なアクシデントが起きて、その処理に時間がかかり、両親の家には明日の朝行こうと思って電話をかけたら、遅くなっても構わないから来いと言うことで……
きっと、僕が行くことになってたから、豪勢な夕食でも作ってくれたのかもしれない。
幸い、まだ電車も動いてる時間でもあったため、僕は両親の家に向かった。
電車の中で、何度かメールのやりとりをして……
半ば、押し切られるような調子で、両親が駅まで迎えに来てくれることになった。
駅に着き、言われた通り、南出口から外に出た。
外は土砂降りだ。
僕は傘を持っていなかったけど、タクシーを呼ぶとかなんとか出来るし、こんな時にわざわざ迎えに来なくて良いのに……
そう考えている時に、駅の前の大きな道路の向こう側に、懐かしい両親の顔をみつけた。
二人も僕をみつけたみたいで、母さんが微笑みながら片手を振る。
二人とも、少し老けたな……
そんなに長い間二人とは会ってなかったのかと、また少し胸が痛んだ。
これからは、もっと時間を作って会いに来よう……そう思った時、信号が変わり、二人が歩道を歩いて僕の方へ歩き始めた。
それはなんてことのない、ごく日常的な光景だった。
だけど、その次の瞬間……
それは、ありえないものに変わった。
ものすごいスピードで走ってくる真っ赤なスポーツカー……
雨の音にもかき消されないエンジンの音と共に、車は水しぶきを上げて走り続け、そして……
母さんのさしてた花柄の傘が高く宙に舞い、それが落ちてころころと転がって……
何かが壊れるような大きな音……女性の悲鳴……
僕は、一瞬、目の前で何が起こったのかわからなくて、ただその場に立ちすくんでいて……
「か…母さん……父さん!!」
束の間の時を経て、我に返った僕は両親の傍へ駆け寄った。
さっきまですぐ近くにいた二人は、いつの間にかうんと向こうに倒れていて、その先のビルに赤いスポーツカーは突っ込んでいて……
……それから先のことを、僕は今でも思い出せない。
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