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第2話
次の日また会う約束をしていて、待ち合わせ場所は同じ紫陽花が咲き誇るあの場所。そこへ向かってる最中、また幼き頃の記憶が途切れ途切れに頭の中で再生される。その記憶には同じ靄がかかっていて、消えたと思った瞬間に同じ背丈の男の子が立っていた。その後、また男の子が居て幼き頃の自分とその男の子が好き、だと気持ち通わせていた。残念なことに記憶はまたここでプツッと切れてしまった。
不思議な記憶がまだ頭に残る中、昨日と同じ場所に着くと、見覚えのある靄が空中を漂い、そして渦をまくように走って消えた。そして、目の前に彼が現れた。この時、記憶のワンシーンとリンクした。
「来てくれたんだ、由貴」
なにか違和感を感じた。そうだ、まだ己の名前を教えていないはずなのに……。
「どうして名前……!」
「んー?知ってるよ、由貴と小さい頃遊んだからな」
「……え?」
当時の記憶のピースを埋めるように、リンクする出来事と幼き頃の記憶を探り始めた。
「なに、思い出せない?オレも由貴も当時小さかった。ちょうど今と同じ季節に出会っただろ」
「出会った……た?」
「毎日日が暮れるまでここで遊んだろ」
「オレたちって……と、ともだち?」
「それも忘れたのか……まぁ無理ないか」
「なんだよ、オレたちってどういう……」
「恋人!お互い好きで付き合って、また来年ここで会おうって約束したんだけどなー」
「そ、それで?」
「由貴は翌年も翌翌年もここに来なかったな」
「……っ」
言葉を失った。記憶が落ちかけていて残像でしかなかったあの男の子と自分が恋人だと言う事実と、約束した事は今しがたまで記憶から遠のいていた。
彼の話を静かに聞きながら、記憶の糸がひとつ、またひとつと繋がっていった。
「思い出した!葵、あの時の葵……俺の好きな葵っ!!ここに来たかった、次の年もその次の年も……っ」
「何があったかなんてもういい。十年ぶりに会えただけで十分」
彼の優しさに触れ、心がじんわりと温まっていくのを感じた。
「そうだ、葵こそあの頃と変わらない。オレだけ歳食うなんてな」
「由貴……好きだ」
紫陽花の咲くこの梅雨の季節、十年ぶりの言葉が温まった心を更に熱くする。
「葵、好きだよ」
「あの頃の初恋は今もずっと……」
「うん、十年経ってもこの季節が来れば、また」
十年越しに逢えたキセキを噛み締め、熱い抱擁を交わした。
この初恋にきっと名前はない。けれど、毎年この季節を迎えれば逢える、たった数週間の逢瀬……。
こっそりとこの初恋のアルバムを作った。
そのアルバムのタイトルは……
「水無月の初恋」
毎年、このアルバムに思い出の写真を残していく。けれど、同じ季節が巡る時、前の年の写真は新しい水無月の初恋の思い出の写真に上書きされる。
いつだって、初恋。
◇
梅雨明けの日。
「また、来年。愛してる、由貴」
「来年また逢おう。永遠の愛を君と……愛してる!あ、あ、葵っ!!」
涙を堪えるも声は震えて、感情のままに抱きしめた。そして、紫陽花へ帰っていった。
抱きしめていたはずの葵の姿はもうどこにもない。唯一残っていたものがある。それは……
「なんだよ、左手に指輪とか。プロポーズの言葉くらい……残していってよっ!」
力強く指輪を握りしめ、紫陽花の前に膝から崩れ落ち、狂おしいほど泣き叫んだ。
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