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第1話
まだ幼い頃、紫陽花が咲く季節になると、花の周りをふわふわと漂う綿あめのような白い雲を何度か見かけたことがある。何かの形を成すことはなく、気づけばその白い靄は姿を消していた。
そんな不思議な体験を家族や友人に話しても誰一人として信じてくれる者は居なかった。
◇
不思議な体験をしたあの日から、早十年。幼き頃の記憶が脳裏を掠め、ある場所へ向かった。その日は雨もポツポツと降っていて、肌を撫でる程度の風もあった。
暫く歩いて辿り着いたのは記憶にある紫陽花の咲く場所。綺麗に咲き誇る紫陽花を眺めながら、あの辺に白い靄が漂うように浮いていたんだっけ、と薄れそうな記憶から呼び起こした。その途端、十年ぶりに靄が紫陽花の周りを漂い始め、思わず声をかけてしまった。
「ねぇ!きみは妖精?」
声をかけながら距離を縮めていく。すると、渦をまくように靄が空中を走り、気がつくとそこには透明感溢れる人間の姿があった。
「見えるのか、このオレが。何百年ぶりに声をかけてもらった、だから姿を得た、感謝する」
「しゃ、喋っ……!!」
突然の出来事に頭も心も追いつかない。
「なんだ、そんなに驚くな。あの頃と変わらないな」
幼き頃の記憶が僅かにあるくらいで、目の前の男性に懐かしそうに言われた事について、頭に疑問符を浮かべた。
「あの頃?あ、君は……誰?」
「オレは葵藤常、まぁ、簡単に言えば紫陽花の妖精だ!ほら、綺麗だろう?この瞳」
得意げに眉あげて名乗ったあと、ウィンクを飛ばしてきた。キラキラとして時にふわふわと見えるような不思議なベールを纏いながら近寄ってきては顔をグイッと寄せてきた。
目に飛び込んできたのは、紫陽花のような色合いで透明なガラス玉のように輝く瞳だった。
「紫陽花みたいな、目してるね」
「葵色って言うんだよ。お前さんも変わらないな。変わったのは背丈が伸びて成長した事くらいだ」
「さっきからなんなんだよ、俺の事知ってるの?」
「さぁね。そうだ、もうすぐ梅雨明けか?」
「んー、多分」
「ふぅーん……時間ないな」
季節柄を気にする彼は、視線をそらしそのまま紫陽花を眺め、周囲には聞こえないであろう小さな声で言葉を零した。
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