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一方で、夏彦も確実に文綾に惹かれていた。
各地を転々としていた夏彦は、その容姿と然り気ない気遣いで人気を博し、周りに寄ってくる人が多かった。その分、転校した途端にその交遊関係が失われることにひどく悲しみを抱いていたのだ。
どれだけ仲良くなっても遠く土地を離れてしまえば、忘れられてしまう。それならば、愛想良くその場限りの表面的な関わりだけを持っていれば十分だと、心を閉ざしてしまっていた。そして、要領良く好意をかわしつつ、確実に近寄りがたい雰囲気を醸し出して、どこか世界に一線を引いて過ごしてきた。
この学校に来たときも、周りに群がる人を見て、またか…という気持ちになっていた。その中で、自分に全く興味を示さない文綾の存在が気になっていた。そして、あの日。文綾と初めて会話をした日。文綾の独特な雰囲気は確実に夏彦の心を溶かした。
この男なら大丈夫かもしれない。忘れずにいてくれるかもしれない。不思議とそのような気持ちにさせられる。それが恋慕に変わったのはいつのことだっただろう。
「じゃあ、また明日。」
「おう、また明日な。」
今日もまた、いつものT字路で別れを告げ、互いの帰り道を背景にして家へと足を進める。互いを想い、甘酸っぱい気持ちと悩みを抱えながら。
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