第1話

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第1話

そう言えば、今日の星座占いは最下位だった。なんでこんな日に……と、落胆した。なぜなら、今日は中途採用で決まった広告会社へ初出勤だからである。初日が肝心……初日が肝心と、自分の心に言い聞かせ、ラッキーカラーである緑色ベースのネクタイをキュッと締め、新調したスーツに身を収めた。 時計を確認すると、7時半を過ぎていた。思ってたより時間が過ぎていたことに焦りを感じ、前日に準備しておいた鞄を持って、駆け足で家を出て駅へと向かった。その途中、急いでいて周りが見えず前を歩いていた男性にぶつかってしまい、そのまま派手に転んでしまった。 「いててっ……あの、ぶつかってしまってすみません!怪我は……?」 「……いや、私は怪我などしていない。君は大丈夫かい?」 直ぐに立ち上がり、スーツの汚れを手で払うと、ぶつかってしまった男性へ視線を向け、問いかけた。すると、男性は一瞬驚いたような表情をしたが、それも次第に優しい笑みへと変わり、心配そうな眼差しで見つめてきた。 「……?あ、大丈夫です。かすり傷程度です」 「それも怪我、だろう。君……また会うだろうから、その時治療しよう」 「また会う……?治療?いえ、本当に大丈夫ですから!って、あー遅刻する!すみません行きます!」 男性の言っていることがどうも不思議で、一体どういうことだろう、そればかりが頭を支配した。 あー……名前聞くの忘れた。お礼も何も出来ないな 出勤初日、星座占いが示すとおり、出だしか大いにつまづいてしまった。しかし、この出会いが始まったリーマン人生に大手をかけることになるとは……。 電車に揺られ会社のある最寄り駅に着くと、ここでも駆け足で広告会社のビルへ向かった。駅から程近く、空に向かって聳え立つ大きなビルで、目印は……変わったデザインビルだという見た目だ。 そう……コレだ。周囲とは同化しない独特なデザインビル。こんなビルに会社を構えたCEOはどんな人なのか僅かに興味を持ったが、そう簡単に会える人でもないだろうと頭に浮かんだその疑問を消すかのようにブンブンと頭を横に振った。 エントランスを抜けると、社員証をかざすゲートが現れた。が、まだ社員証を貰っておらず警備員へ声をかけようとしたところ、聞き覚えのある声が後ろから飛んできた。 「社員証、まだだろう?」 「え?……あー!!え、さっきの……人ですよね」 「ああ、さっきの人だ。私と一緒に通るといい」 「あり、がとうございま、す!」 また会った!また会った!と、驚きながら、もしかしてこの人は……なんて、どこの誰だろうと思考を巡らせた。転んだ時に心配してくれたり、今こうして優しくたくせてくれたり……恋でも始まるかと勘違いもしてしまいそうな王道展開に頭の中がピンク色に染まり、つい見上げ男性をうっとりと見つめてしまった。 男性が社員証をピッとかざすと、ゲートが開きお言葉に甘え、一緒に通らせてもらった。その後もエレベーターも一緒になり、聞くなら今だ!と、おもむろに口を開いた。 「あの、ありがとうございました!すみません、名前を聞いてもいいですか?」 「私は大紡槙だ。そうだ、さっきの傷は?化膿しては大変だから絆創膏を貼ろう」 「大紡さん。俺は千草朱里です。あ、本当に大丈夫です!」 「千草朱里…くん。君も強情だね。まぁ着いてしまったからおいで」 見上げればエレベーターが示すのは最上階。降りるはずだったのは5階だ。そう、は行き先ボタンを押し忘れてしまい、槙と名乗る男性と一緒に最上階で降りる羽目になってしまった。 エレベーターが開くとだだっ広い広間と長い廊下があり、その先に扉が1つ見えた。そこの扉に書いてあった文字は……「社長室」 「え……えええっ!?槙……大紡槙!?」 「何を驚いてるんだい?」 「知りませんでした、ここの社長だなんて…あの!す、すみません、でした!!」 「いいよ、もう済んだことだ。さぁ、入って」 ペコペコと頭を下げる朱里へ優しく微笑み軽く背中に手を添えると社長室へ入るよう促した。 『今日はココでお仕事だ、千草朱里くん』 出勤初日に、社長室で仕事だなんて……どんな仕事だろう。しかし、この時はまだ何も疑ってはいなかった。
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