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第1章 プロローグ
薄明るい天幕の中に弟は座っていた。
なで肩に繊細な顔立ちに女装と化粧はかえって映え、
いつもよりずっと立派に見えた。
誇り高い女神のように見える。
心なしか目の輝きも日頃とは違うような気がする。
衣装は彼が細かく指定したもので一つ一つに意味があるのだという。
夏に生える草木で染めた様々な濃淡の緑色の薄物を何重にも重ねていた。
まるで夏の野山をそのまま身に纏っているようだった。
朱塗りの首飾り、
腕飾り、
かんざしは赤く目にどぎつかった。
手を合わせ目を開けたり瞑ったりしている。
なにやらぶつぶつとつぶやいている。
私はもう一度弟の顔を見た。
その目は外も見えない天幕の中で遠くを見ているようで何を考えているかはわからない。
一瞬弟であることを忘れて「美しい女性だ」と思った。
ただ左手の傷は確かに弟のもので先日、
投げ棍棒の稽古の時につけたものだった。
顔のおしろいを塗っていない部分にはかすかな髭の剃り跡が見える。
それが私を安心させた。
「真夏にそんなに着込んで暑くはないか?
儀式が始まるまで上は脱いでいてもよいのでは?」
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