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蛍#2
「もういいです。死なせてください」
病床で力無く呟くと、僕は目に涙を浮かべた。数日前、屋上から飛び降りた僕を待っていたのは、蛍の最後の様に穏やかな川のせせらぎではなく白い壁に囲まれた簡素な病室だった。
「そんな事言わないでください。きっと元気になれば、楽しい事もいっぱいあるはずですよ」
看護師の女性は優しくそう言うと、カーテンを開けた。空にはあの日の白日と同じ様に、青空が広がっている。眩しい日差しが目に染みる。
「見たくないです。暗くしてください」そう言うと、看護師はちょっと悪戯な顔をして、窓を開けた。
「今日は、星が綺麗そうですね。きっと、この部屋からもよく見えますよ」
看護師はそう言うと、僕の顔をまっすぐに見つめて「変な事、考えないでくださいね」と言って、病室を出て行った。
あれから色んな事があった。最初に目覚めた時は手術室だったと思う。僕が目を開けた瞬間、誰かが声を上げた。次に目を開けたのは病室で、それからしばらくすると、両親や警察官が僕の所に来て何やら色々と話して来た。
ほとんど頭には残っていない。何を言ったかも覚えていない。想像するに、説得しに来たのだろう。母親の涙を見た事だけは覚えている。
僕はあの日、死のうと思った。我慢して続けて来た派遣の仕事。その陰で必死になって勉強してきた次の仕事の為の資格試験。結果、派遣は打ち切られ、試験は不合格だった。
そして、空を見上げながら丁度良い高さのビルを探し、引き寄せられるように屋上に向かっていった。
最初はただ広い夜空を見上げていた。流れ星が消えて行くのに、どこか自分を重ねていたのを覚えている。何も残さず、一瞬で砕けて燃え尽きる。突然消える希望。その後は何もなかったかのように夜空は広がっている。
僕はあまりにちっぽけで、無力だ。流れ星の様に逆らえない運命の下、消えて行くんだ。
僕はフェンスを登ると、その向こう側の絶壁に座った。しばらくすると周囲が賑やかになって来る。やがて僕の携帯電話が鳴り続け、至る所に人だかりが出来ていた……。
病室をノックする音がして目をやると、またあの看護士が入って来た。しかし御飯の時間でも無ければ、呼んでもいない。一体何だろう。すると、看護師は壁に立てかけてあるパイプ椅子を広げると、無言で腰掛けた。
「何ですか?呼んでないですけど」
「ちょっと、お話でもしようかなと思って。元気が無さそうだったので」
そう言うと看護師は、もう陽の落ちた窓の外を見つめながら、
「今日も本当に星が綺麗ですね」と呟くと、僕の方を向いて言った。
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