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「もう少し命を大事にしてください」
看護師の言葉に、僕はそっぽを向いた。
「嫌な事ばかりでは無いですよ。楽しい事もきっとありますよ」
「もう、いいです。その言葉は聞き飽きました」
「彼女とか、お友達とか、そういうの作らないんですか?」
「いらないです。誰かと居ると劣等感を感じます」
「そうですか……」
僕は、看護師のその呟き方にどこか悲壮感の様なものを感じた。気にかけてくれている人に対して、あまりに失礼で子供じみた態度を反省する。何か言わなければ申し訳ない。
「看護師さんは、その、独身ですか?」
「子供が一人います」
「へぇ、そうなんですか。夜勤もあると御主人さんも大変ですね」
「主人は……。亡くなりました」
そうか、これ以上は触れずにおこう。人付き合いが希薄な僕でも、それくらいの事は知っている。
「お子さんはおいくつですか?」
「小学5年生です」
「男の子ですか? それとも女の子?」
「男の子です。困ったもので怪我も多く、こないだも、なんか星が綺麗だったって言うから詳しく聞くと、夜に一人で山に行ったみたいで……」
「今日はお留守番ですか?」
「そうですね」
しばらく無言が流れた。僕は、こういう時に弱い。気まずい空気が苦手で人を避けて来た。すると看護師は突然、思い出したように口を開いた。
「最近、子供と蛍を見に行ったんですよ。うちの近くの山に綺麗な川があって。綺麗でしたよ。早く元気になれば、間に合うかもしれません」
「蛍ですか……。僕も好きで見に行ってましたよ。落ち着くんですよね、蛍の光って」
「そう、そうしたらね。子供が学校で習った事を教えてくれたんですよ。あのね、蛍って……」
看護師の声が元気そうになったのが嬉しかった僕は、看護師の方へ向き直した。すると看護師は嬉しそうに言った。
「蛍って、幼虫の時から光っているんですって。もっと言うと、生まれる前の卵の時から既に光るための機能が備わっているんですって」
僕は再びそっぽを向いた。看護師は続ける。
「それでね、幼虫の時は暗い川岸を、蛹になる場所を探して、光を発しながら必死になって歩き続けるそうなんですよ。それは、とっても綺麗なんですって……」
僕は込み上げてくる感情を悟られないように、なんとか呼吸を整えた。目を閉じて、心臓の上に手を重ね、必死に耐えた。
看護師は、何かを察したのか僕の背中を優しく叩いてくれた。そのまま僕は、気付いたら深い眠りについていた。
眠りに落ちる直前、耳元で、
「大丈夫。あなたも頑張って、生きなさい」そう聞こえたような気がした。
夜中に目が覚めると、ふと窓の外の星に目がいった。今日は流れ星は無さそうだ。
でも綺麗だ。ただ暗い夜空にあるだけで、綺麗だ。何だっていいや、生きていれば。僕もきっと蛍みたいに、歩き続けるだけでも輝けるんだろう?
星は瞬いていた。僕の心臓の鼓動と同じ穏やかなリズムで、いつまでも……。
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