取材10日目

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取材10日目

その格好はちょっと、と昇に言われ続けながら、 深夜十二時を越えたタイミングでお店に向かう。 入り口は従業員用の出入り口かと思うほど質素な柵の門で、 ドアノブのところにナンバーを入れるキーボードが付いていた。 昇が聞いて来たパスワードを入れると鍵が回った音がして、 ドアノブも回せるようになった。 好奇心満々でドアを開けようとする昇を見て思わず肩に手をかけた。 「お前、本当にいいの?」 「何がよ。」 振り向いた昇は、邪魔が入ったかのように興醒めした表情を浮かべていた。 「ここの店は麻薬の取り扱いがある以上普通のクラブとは訳が違う。 何かあったら命の保証はないんだよ?」 僕の手を取って下に下ろしながら少し笑った顔は、 昔二人で授業を抜け出した時の顔に似ていた。 昇は恐れない。昔からそうだったと思い出した。 「何かあったときは、共に死ぬよ。」 「・・・冗談でもそんなこと言うなよ。」 本当は僕よりも昇の方がずっと勇気がある。 連載を切られたのはそういうところかもしれないな、とふと思った。 門を開けてすぐの階段を上がって二階からエレベーターに乗る。 当のクラブは15階建てビルの11階らしい。 階数ボタンの横には「EXTA」と書かれていた。 恐らく店名だろう。 降りたところは床が絨毯張りだったものの、薄暗く細い廊下が続いていて、 突き当たりには重厚な扉が見えた。 その先が店なのだろう。 「行くよ。」 昇が先導して歩いていく。 扉を開けると足元に間接照明があるだけの小さなスペースだった。 コンサートホールのように二重扉になっているようだ。 昇と目を合わせ、ふっと一息付いて勢いよく扉を開けた。 開けた途端、強い光が目をさした。 一瞬暗い場所に入ったせいで尚更目が眩みそうになる。 中は耳がおかしくなったのかと思うほどの騒音で、 廊下の静寂が嘘のようだった。 人も多く、真っ直ぐ歩くには肩がぶつかってしまうほどだった。 異様と思ってしまうのは性格のせいで、 楽しそうに踊る人や男女で酒を交わす人など、 様々な人が思い思いの楽しみ方をしているのがあちこちで見られる。 クラブ慣れしているらしい昇は慣れたように進み、思わず背中を叩いた。 「待てって。」 振り返った昇は僕の耳元に口を寄せ、 聞こえるのがギリギリくらいの声で話した。 「ここは紹介制の店だって言ったろ? 慣れてない素振りなんか見せてたら目立つぞ。」 「あ、ああ。」 どちらかと言うとその気迫に圧倒されたまま、 昇の真似をするように酒を頼みテーブルにつく。 フロア中央にはDJブースがあり、 その前で踊る人やDJの音楽に聞き入る人もいる。 その周りには柵のようなものが設置され、 その外側には立って使えるテーブルが並んでいる。 そこにはお酒を飲んでいる人や音楽に身体を揺らしている人などがいて、 さらに周りにあるソファ席との間の通行路になっているようだった。 「君たち見ない顔だね?一緒に飲んでもいい?」 若くて細身の男性二人が寄って来た。 一人は浅黒くツヤのある黒髪をジェルで固めたような髪型で、 女性の扱いに慣れていそうだな、と直感的に思った。 もう一人は色白で金色のサラサラ髪で、優しそうな雰囲気を醸し出していた。恐らく日本の全員の女性に聞いたら人気が二分するのだろう。 そう思った後、 有名なスポーツブランドのロゴが真ん中に入ったパーカーを着て、 なんの手入れもしていない髪の毛でこの店に入ったことを恥ずかしく感じた。 「あ、ぜひ。」 比較的このような男性と話すのに慣れているらしい昇が 人受けのする笑顔で対応する。 頑張って愛想笑いを作りながら横で頷き、 空気を壊さないに徹することにした。 「君たちは誰の紹介なの?」 金髪の方が言う。 「え?」 「あー俺たちさ、ここにあんまり見ない顔が来ると聞いてるんだよね。 時々来る店間違えたネズミが入り込むから。」 人当たりの良さそうな笑顔で話しながらも、 なんとなく冷たさを感じさせる言葉選びに萎縮しそうになる。 答えに困惑していると、すぐに昇が答えた。 「あの、少し前なんですけど、金城エリカって知ってます?」 その名前を出した瞬間、二人の顔から表情が消えた。 昇に目をやると、それとは反対に表情に輝きが増していた。 「実は俺らエリカと友達で、ここ紹介されたんすよ。 美味しいお菓子くれる人がいるって。」 なあ、と言ってこっちを見るから、ああ、と急いで肯定する。 昇は恐らく麻薬のことを詮索しようとしている。 そう感じて急いで胸ポケットの中に入れた録音機器のスイッチを入れた。 「ちょっと君らさ、こっち来ようか。」 二人は最初より表情を固くさせたまま、 僕たちの腕を掴んで抗えないほどの力で引っ張った。 昇を見ると焦った顔をしていて、お互い同じ直感を抱いていることを感じた。
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