取材10日目

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連れてこられた先は先ほどの部屋を出て、エレベーターの前を通り、 左側の非常階段のマークが付いている扉だった。 黒髪の方が扉をノックし、開けて僕たちの背中を部屋に押し込んだ。 非常階段かと思っていたそこは事務所のような部屋だった。 先ほどの二人は中に押し入れた途端扉を外から施錠したらしい。 閉まった扉からはガチャンと音がした。 部屋を見渡すと中央に黒いソファが置かれていて、 先に一人の若い男がこちらに背中を向けて立っていた。 「こんにちは。」 振り返って会釈をした男は思っていたより若く、 先ほどの二人とあまり変わらないように見えた。 20代後半だろうか。 白いシャツに黒いスーツで黒いネクタイをしていて、 スタイリッシュで爽やかだがいわゆる上に立つ人間のような圧があった。 「私、冴島幸人と言います。 ここでお菓子を売ってますって言えば、わかるのかな。」 爽やかな笑顔を見せた幸人はソファに腰掛け、対面したソファを指し示し、「ここどうぞ。」と言った。 恐る恐る二人並んで腰掛ける。 「何が欲しいの?今日は比較的なんでもあるよ。」 ただ麻薬を売ろうとしていると言うよりは、 こちらの出方を見ているように見えた。 右足でカツカツとリズムを取っているのが煽っているように感じさせる。 ふと目の端に捉えた昇の手を見ると、少し震えていた。 それを認識した途端冷静さを取り戻す。 そうだ、別に麻薬が欲しいわけじゃない。 「僕は週刊誌の記者です。お金は払います。」 声を発してみて、自分も震えていることに気づいた。 右手を左手で押さえながら幸人と目を合わせる。 「金城エリカについて、教えてください。」 一瞬の後、幸人はふっと笑って前のめりになっていた背中を後ろに預けた。 「なるほど、だからあいつらは何も言わずに寄越したのね。」 立ち上がって大きな冷蔵庫からペットボトルを取り出して飲み出した。 一息に半分ほど飲み、ソファに後ろから飛び乗った。 急に雰囲気が年相応な感じを取り戻したというか、 被っていた威圧感のオーラを脱いだような感じがした。 「怖い思いをさせてごめんなさい。 お金はいいや、その代わりそれ、くれるかな。」 指差した先は僕の胸ポケットで、録音をつけていたことを思い出した。 「あ、すみません。」 一時停止を押して機械ごとそちらに渡す。 「情報をもらえるなら録音機くらい惜しむな。」 新入社員の時に憧れていたフリーライターの人に言われた言葉だ。 ここになって活きるとは。 「ありがとう。」 幸人は録音機を受け取って胸ポケットに入れ、向き直って話し始めた。 「あと、もう一つだけ、条件がある。」 「なんですか?」 「これからこの件に関して調べていくうち、 何かあったら警察じゃなくてうちに連絡してほしい。 それが約束できないなら、この場で君たちを消す。」 幸人は真剣な目でこちらを見た。 思わず唾を飲み込んだ。太ももに置いたはずの掌が汗で滑る。 そういうことがあり得るってことなのか。 わかっていたはずの覚悟が鈍りそうになる。 下を向いて息をついて、目を合わせた。 ここで本気になるしかない。震えそうになる体に力を入れた。 「わかりました。約束します。」 一瞬の沈黙。 「ありがとう。」 そう言った瞬間幸人の顔は緩み、可愛らしい笑顔に戻った。 「で、金城エリカちゃん、だよね。」 「もともと彼女はうちの商売とは関係なかったんだ。 ただここに出入りする前から知り合いだったのがたまたま僕の親友で、 流されるまま、彼女もお菓子に手を出した。 彼女ピュアだったからね。ずっと本当のお菓子だと思って食べてたらしい。 だからすぐに禁断症状が出るくらいまで依存するようになって、 それはもう大変だったらしいよ。彼も手が付けられないって言ってた。 だから強制的にここに来られなくしたって言うのは聞いたな。 お金は彼女が用意してたらしいけど、入荷する量も限度があったし、 何より身体によくない。僕もその方がいいって勧めたんだ。 そして彼女が来なくなって二週間後、突然彼の方も来なくなった。 連絡もつかない。家に行ってももぬけの殻。 意図的に存在を消したのか、何があったのかもわかってない。 だから僕としても金城エリカについて調べてもらえることは好都合なんだ。 週刊誌に書いてもらえるならもっと良い。 僕の親友、須崎雄太が見つかるなら僕はなんでもする。」 「須崎雄太」 その名前を聞いて繋がった。 百合が言っていた高校卒業間近のエリカが親しくしていた人物。 その頃からもう、薬物に手を出していたということか。 「この場所でまだ商売してるのも、雄太のことを探してるからなんだ。 だからエリカちゃんを知ってる人とは話をするようにしてる。」 思っていたより良心的な人で、何かあれば連絡をくれと名刺を渡された。 しかし部屋を出る間際、一番最初に見た貼り付けた笑顔を見せて言った。 「この部屋無傷で出る人、君たちが初めてだよ。」 エレベーターを降りて門を出るまで、 二人とも一言も発することが出来なかった。
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