取材12日目

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取材12日目

「ここだよ。」 昇に体を揺すられて目を覚ます。 目の前にはタワーマンションが二棟並んだような形の建物があり、 まるで大きな会社のビルのようだった。 「42階なんて、麻薬の売人ってそんなに稼げるのか。」 タワーマンションは43階建て。 須崎雄太はこのマンションの最上階とその真下を2フロア購入し、 リフォームで階段をつけて住んでいた。 ここは都会の一等地。 タワーマンションが多いことで有名な場所の、最も高いタワーマンションだ。 その上最上階2フロアともなれば一体いくらになるのか想像もできない。 「ベンチャーの会社をやりながら投資家もしていたみたいなんだけど。 それにしてもタワマンを2フロア打ち抜いて買うってすごいよね。 もしかしたらあの店以外でも売り捌いてたのかも。」 エレベーターを降りると床は絨毯張りで、 さながらホテルのような静けさだった。 「ここだ。」 姿を消したのはもう五年前。 ドアを開けると少し埃が舞った。 人だけがいなくなったかのように家具はそのままで、 扉が閉まるとリビングまで自動的に照明がついた。 「いい部屋。」 昇がポツリと呟く。埃っぽいことを省けば、 入るのを躊躇うほど誰かがいそうな自然さがあった。 トイレやお風呂などはあまり使い込まれた形跡はなく、 キッチンに多少のグラスなどが置かれているだけだった。 冷蔵庫の中には水のペットボトルが数本入っている程度で生活感はない。 ほとんど家にいなかったのだろうか。 「俺、上見てくるわ。」 昇はそう言ってリビングにある階段を上がっていった。 階段に積もっていたらしい埃が舞って、 正面の大きな窓から入る光にキラキラと光る。 テレビの横に置かれた棚には分厚い英語の本が並んでいた。 上には埃が積もっていたが、その中で一つだけ開きかけている本があった。 背表紙の部分を持ってみると、その本だけなぜか異常に軽く、 思わず落としてしまった。 「あ、」 背表紙側から落ちた本は地面で開いた。 本であるはずのページはなく、小物入れのようなスペースがあった。 中にはビニールに入れられた先ほど資料で見たテナと、 メモのような小さい紙が入っていた。 「4615」 メモにはそう書かれていた。 「なあ、昇。」 上の階はリビングを吹き抜けにして、半分ほどの大きさらしい。 天井の高い部屋で叫んだら、静けさをさらに感じた。 「昇?」 返事がない。この広さだと単純に声が届かないのかもしれない。 小物入れごと持ったまま、階段を上がった。 上の階は廊下が入り組んでいて電気のスイッチも見つけられず、 暗いままの廊下を進んだ。 どこの部屋の扉も閉まっていたから、一応1つずつ開けながら昇を呼ぶ。 「昇?どこだよ。」 2階は1階より入り組んだ作りになっていて、 床も1階はフローリングなのに2階は絨毯になっていた。 単純に天井が1階より低いせいもあるが全体的に埃っぽく、 急に月日の流れを感じさせた。 何部屋か扉を開けても昇が見つからず、 苛立ちを隠せていない声色で叫んだところ、さらに奥の方で声がした。 「あ、こっち。」 下の階の玄関に近い方向、入り組んだ廊下を何回か曲がった先にいた。 「下から呼んだのに返事しないから。ていうかこれ見てくれよ。」 小物入れを渡そうとすると、昇は被せるように呟いた。 「ここ、下の階の玄関に比べて手前にあるんだ。」 昇の視線の先には下の階と同じデザインの玄関扉があった。 「それがなんだっていうんだよ。」 近づいて同じ目線に立つ。なんの変哲もない玄関。 下の階と比べると普段使いしていなかったのか、靴などは見当たらない。 「普通、中から鍵をかける時に暗証番号なんかいらないよな。」 昇は確信をついたかのように踏み出し、ドアノブを指差した。 近づいてよく見ると小さなダイヤルがついていて、 4桁の暗証番号をいれるものだった。 「あ、これ。」 小物入れの中にあったメモを取り出し、 「4615」とダイヤルを合わせてみる。 カチッと小さな音がして、鍵が開いたのがわかった。 ドアノブを下に下げると金庫のようにガチャンと開いて、 手前に引くことができた。 玄関扉にしては重い扉を開くと、 マンションの廊下に出るはずのそこには部屋があり、 手前と向こう側を仕切るための金属の柵の向こう側には かつて血であったであろう黒くて大きなシミがあった。
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