取材2日目

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取材2日目

私の生い立ち?話してもいいけど、普通すぎてつまらないと思うよ。 母親は東京育ち、田舎育ちの父親と出会って東京で私を産んだ。 幼い頃は貧乏だったらしいけど、 父親は育児と家事の責任をすべて母親に押し付けていたから、 小学校を卒業する頃には立派に出世して お金に困らない暮らしはしていたかな。 流れで受験して、頭の軽そうな子たちが集まる私立の女子校に入った。 もともと小学校でも人が集まってくるタイプで、いわゆるカースト? ああ言うのではいつも一番だった。なんでだろう。 当時は威圧感があるからだとか曲がったこと考えてたけど、 今となってはどうでもいいことよね。 勉強は昔からそこそこできた。 小さい頃のスパルタ教育もあって、勉強を嫌いだと思ったことさえなかった。 ただ嫌いではなかったけど、ずっと不満だったのよ。 その不満を自覚したのは中学三年生くらいの時かな。 なんだか毎回授業に対する意味を見出せなくて、なんでだって考えてたの。 それで気づいた。ああこれつまんないんだなって。 教育って良い意味での管理があるじゃない? 義務教育っていって教えることよりも、 その時間そこに拘束することが目的じゃないかなって思うくらい。 サボったりはできなかったし授業には出ていたけど、本当につまらなかった。 そのせいかな、中学と高校の記憶は半分くらいしかない。 部活は入ってなかったな。部活がなくても習い事が忙しかったの。 ピアノ、歌、茶道、英会話、塾。 それだけで学校以外の時間はほぼ埋まってた。 学校にいる時より外にいるときの方が忙しいって不思議よね。 塾ばっかり行ってたから、大学受験も滞りなくって感じだった。 今考えれば恵まれていたと思うわ。なんて言うか、真っ白な紙みたいな。 今更親に対する恨みとかはないし、 本当にまっすぐなレールを敷いてくれたけど、 逆にとても平均的な平凡な人生になってしまった気がするのよね。 誰もが味わえるわけじゃない、誰もが理想とする「普通の人生」。 誰からも羨ましがられないのに恵まれてるって言われるのは不本意よね。 最近では「マウンティング」ってよく聞くけど、 あれ不思議なものだと思うの。 みんな人より上ってことを言いたいんだけど、 その尺が人によって違ったりする。 だからもはや「いかに人と違うか」を自慢するみたいな、 ある意味アイデンティティの誇示に帰着するなぁって思うのよ。 私ってちょっと普通じゃないの、 みたいな厨二病的な部分って誰しもが持ってると思うけど、 それが顕著に現れる例じゃないかな。 人と違う部分を誇らしく思う。 それがたとえ包丁を愛することであったとしてもね。 平凡な人生を歩んできた私にとってはそれが誇れるアイデンティティだった。 そんなところかしら。 私が初めて人を刺した時からもう五年も経つのね。 時の流れって早いなあ。私まめな方じゃないから、記録もしてないのよ。 何回刺したかなんて覚えてない。それが正直なところ。 気づいたら血を浴びてる。美しい包丁を見ると身体が疼く。 血液が全身を駆け巡る。 最近は包丁を見ることも許されなくてすごく残念だわ。 ここでの生活はあまりにもつまらない。 私からすれば周りは異常者ばっかりよ。 夫を取られたから殺したとか、ずっとパワハラを受けていたとか。 なんて言うか、方法を間違えてるのよ。聞いていてもロマンがない。 結果的に血なまぐさい戦いになって、こんなところに閉じ込められて。 本人たちはそれでもスカッとしてるんだから不思議なものよね。 ねえその「人殺し」って言葉、 私の過去の行いについて言ってるのならやめてくれない? その言葉はあの異常者たちの相手に対する執着のことを指す言葉よ。 私は殺しなんて思ってない。 どちらかといえば、うーん、「犯す」に近いかな。 私は殺しを正当化するつもりはないし、人を殺すって悪いことだと思う。 むしろ個人的な恨みで殺すなんて、相手にも人生があるのにって言いたいわ。 私はただ、包丁の切れ味を味わうために付き合ってもらってるのよ。 私のお相手をしてくれたみなさんには心から感謝してる。 亡くなった人がいる?結果論でしょ。私に責任をなすりつけないで。 さっきから声を荒げることが増えてるけど、どうしたの? 聞きたくないなら帰ったら? 私だってあなたに理解されるために話してるんじゃない。 これは私の嗜好の話よ。これが私のアイデンティティ。他に何か?
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