取材5日目

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取材5日目

金城エリカ。 僕がこの女性を知ったのは、 たまたま別の週刊誌で記者をしている友人が教えてくれたからだ。 ヤバイ奴だがうちでは書けない、と言われ流れてきたネタだった。 うちは真偽不明のものや都市伝説的なものも扱う エンターテインメントよりの週刊誌であるため、 話をしてみたら編集長から取材の許可が降りた。 月に一度、刑務所に出向き取材を行う。 そこで聞いた内容を記事にし、 他の週は過去の事件や近辺の人間関係についての調査結果を書いていた。 彼女はとても人当たりがよく、賢くて美人だった。 しかし一度話をしてみるとわかる「異常感」。 人を殺すことに対する罪悪感がなく、著しく他人への共感が欠けている。 これがいわゆるサイコパスというやつなのだろうか。 わかるのは、彼女の自供が恐ろしいほどの人数を殺しているであろうことと、ほとんどが証拠不十分で立証されず、 たった一人を殺した殺人犯としてこの刑務所にいることだけだった。 その矛盾について警察にも取材を申し込んだが、 誌名を言っただけで断られた。 彼女に面会に行くようになって早くも半年。 彼女はまだ25歳。 彼女の話を全て真実とすると、 今までに話した中で殺した人数は少なくとも15人。 詳細に殺した場面を話してくれたは3名のみ。 他は「覚えてない」ばかりで、実態が全く持って掴めていなかった。 両親は娘が逮捕されたことに大変心を痛めている様子で、 取材を申し込んでも門前払いをされた。 何度か訪問したところ弁護士が出てきて警察を呼ぶと言い出したため、 一時的に取材を諦めた。 ただ、話を聞いていて様々な疑問が生まれた。 まずは大学について。 大学入学までのことは事細かに説明してくれるが、 大学に入ってからのことをほとんど語らないのだ。 覚えてないと言ったり、強引に結びついているような部分も多々ある。 彼女が大学を卒業してから、逮捕されるまで3年がある。 しかし彼女が卒業したという年の卒業生名簿には載っておらず、 同学年に取材を行ったところみんなが口を揃えて「覚えてない」と言うのだ。 そして彼女は高校までは実家にいたと言っていた。 その後は両親からの仕送りで一人暮らしをしていたとも。 しかし、大学を卒業していないことを 本人が勘違いすることなんてあるのだろうか。 そして刺すことについて。 高校時代の友人に取材を申し込むとすんなりと受け入れてくれた。 大学に入ってからは会っていないと言っていたが、 大学受験をしたことは知っているとのことだった。 高校時代の話を聞くと、 面会に行った時の彼女の明るい面をとったような話ばかりだった。 部活動やクラスでの立ち位置などに相違はなく、 話を聞いていても誰からも愛される普通の女子高生のように聞こえた。 しかしその友人に取材を申し込んだ際、奇妙なことを言っていた。 「エリカの話ですよね。なんで急に取材なんて。」 「今、金城エリカさんについて取材をして、連載をしているんです。」 「へえ、彼女モデルにでもなったんですか?昔から綺麗だったからなあ。」 「ご存知ないんですか?」 「え?」 「彼女、今殺人犯として刑務所にいます。」 「いや高校卒業してからずっと音信不通だったからってそんなことあります?人殺すような子じゃないし。」 「音信不通だったんですか?」 「はい。彼女そこそこ人気だったから、 大学入ってすぐはみんな心配してたんですよ。 連絡も取れないしSNSも更新しないし、何してるんだって。 元々同じ大学の学部に進んだ子もいなかったから確認もできなくて。 で、次第にみんな忘れていったみたいな感じかな。」 「彼女が人殺しそうだとか、そういう異常さとか感じたことはありました?」 「全然!誰にでも優しいし悪口も言わないし、 本当に明るくていい子だったんだから! エリカが人殺すなんて、絶対何かの間違いです!」 大学に入ってから連絡が取れなくなって、 5年間経って見つかったら殺人犯になっていた。 高校時代の性格は自他ともに認めるほど明るい性格だったと言う割に、 人を殺す前は暗い性格だったと言う。 絡みついた部分がどんどん大きくなっていく。 彼女は何を隠しているのだろう。 「それで、俺のところに来たってわけ。」 「そう。」 薄暗いバーは高崎昇のお気に入りの場所だ。 いつもの席でウィスキーを飲んでいたところに行き、一連の話をした。 昇は僕の大学時代からの友人で、いわゆる第六感が優れるタイプ。 それを利用して胡散臭い占いのようなものをやっているらしいが、 耳たぶにつけたピアスのロゴが有名ブランドのそれであるあたり、 よほど儲かっているのだろう。 今までの取材の中でも女性の心情を必要とする記事では 昇に聞くことが何回かあった。 昇は職業上女性の悩みを聞くことが多く、 そう言うことに対する知識も幅広かったからだ。 「俺別に殺しのスペシャリストとかじゃないんだけど。」 「いやでも、エリカの話聞いて何か思うことない? なんでもいいんだ。僕も違和感はあるが、それが何かわからない。」 「俺いろんな人の話聞いてて思うんだけどさ、 この人都合良いように解釈してんなって感じる時って、 大抵それは本人にとって真実なんだよ。 思い違いとか記憶違いとかそう言うのって客観的に見た人が言うことで、 本人にとってはあくまでそれは真実。」 昇の飲んでいたグラスの中の氷がカランと音を鳴らした。 「・・・何が言いたいかわからないんだけど。」 「だからさ、そのエリカちゃんの話? 俺もなんとなく違和感はあるけど、きっと彼女の中ではそれが真実。 その違和感が記憶違いなのか思い込みなのかは 彼女の周りで起こったことであって、 彼女に聞いても永遠にわからないと思うよ。」 「うーん。」 「まあ考えてればいつか答えは出るさ。」 そう言って笑う顔を見たら、 昇にお金を払って占いに行く人の気持ちが少しだけわかってしまった。 帰りがけに編集長から電話があって、 今週分をあと3時間で出せとのお叱りだった。 家に帰って缶ビールを飲みながら高校時代の友人の話をまとめ、 ギリギリ期限内のデータを送ったところで記憶は途絶えた。
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