少しの違い

取材7日目

あなたはゲームやる人？
ちょうど10年前くらいに流行ったゲームを知ってる？
「都牙(トガ)」っていうアクションゲームっていうのかな。
知らないの？意外と流行に疎いのね。
とにかくその「都牙」に出てくる「彩月」っていうキャラが大好きだったの。
中学の時ね。
さつきって読むけど、すごく美形の男性なの。
薄紫の着物を着て夜の街を守るんだけど、
彩月の良いところは武器が鎌のところ。
大きな鎌を振りかぶるシーンが本当にかっこいいの。
彼は人を殺さない主義だから、
鎌を使って木を倒したりして障害を作って
犯人を逃さないっていうのが常套手段なんだけど、
鎌がすごく大きいから瓦屋根を走って移動するの。
鎌を肩にかけて走ってるシーンの背景には大きな月が出てる。
一時期携帯の待ち受け画面にしてたなあ。
それが何かって顔してるね。最後まで聞いてよ。
その彩月がね、最後に愛する人ができて、
最後の最後にその愛する人を守るために人を殺すのよ。
鎌を初めて武器として使うシーンで、彩月は涙を流すの。
私も泣いたなあ。
鎌って今ではあまり馴染みのないものだけど、
私はそのアニメを見たときから一度でいいから使ってみたいって思ってたわ。
実際に使ったかって？
今ってネットでも足取りがたどれるし、何かと規制の厳しい世の中でしょ？
そんな大きな鎌なんて買えなかったわ。
でも小ぶりのものは簡単に手に入った。
一振りしたらペットボトルくらいは切れるような本当に小ぶりの。
でも失敗だったの。あれは切るものであって、刺すものじゃなかった。
刃こぼれはしないけど本当に刺しづらいのよ。
1回だけ試して、あまりにも期待に添わないからその場で捨てちゃった。
荒川かな。河川敷のところ、すごく雑草が生えてたからそれを切ってみたの。
そうしたら話しかけてきた人がいてね。だから刺してみたんだ。
身体を切るには小ぶりすぎたし、
私魚を食べる時でも骨があると本当に落ち込むの。
思った通りに行って欲しいのよ、何事も。
思いがけずだったからその時も洋服を汚したし、最悪だった。
あれが一番最悪の経験。いつだったかは覚えてないけど。

大学の話？なんだか前にもしたような気がするけど。
私が入った学部は経営やるところよ。
様々な企業をモデルケースに経営を学ぶの。
実際にクラウドファンディングみたいなこともして、
実践的に学ぶことで社会に出ても経営の知識を活かせるようなところ。
実際にやったこと？うーん、覚えてないなあ。
大学に友達なんていなかったし、もう3年も前の話だから。

罪悪感とかないのかって？
罪悪感かぁ。
よくわかんないけど、罪悪感って個人のエゴだって昔友達に言われたの。
元々罪悪感を抱えやすいタイプで、自分の責任にして丸く収めるっていうか。
会社だとかっこいい先輩とかになれるのかしら。
学校では損してばっかりだったな。
最初刺す体験をした時には高揚感の方が勝ってたし、
しばらくは気持ちのいい時間が続いてたんだけど、
その中でも急に不安になる時があったの。
寒気と震えが止まらなくて、どうしようもなく怖くなって
部屋の隅で縮こまって座って何時間も過ごす日があったの。
優秀な子がテストで悪い点をとった時、
教室の端で一人落ち込んでたりするでしょ？
あれをちょっと大げさにした感じよ。
でもある時気づいたのよね。私のせいじゃないって。
あの時の友達の言葉を急激に理解したの。
私はこのアイデンティティによって自由になった。
大空に飛び立ったのよ。
空を飛ぶ力を手に入れたのに、まだ落下を恐れてるような気になってね。
急にバカバカしくなって。
ふとこれは私のアイデンティティだからしょうがないって
受け入れられるようになったの。
そうしたら罪悪感なんて微塵も感じなくなった。
とっても息がしやすくなった。
落ち込むこともなくなったし、自由になった気分を存分に味わったわ。
だから、罪悪感を覚えていた頃のこともあんまり覚えてない。
当時は誰かにいつも励ましてもらってたな。
誰だっけ。
その人が私の肩をさすりながらいつもウィスキー・ボンボンをくれたの。
知らないの？噛むと中からじゅわってお酒が出てきて、喉の方まで流れ込む。色とりどりで、ソーダ味もあったしミントの味もあったし苺味もあった。
私はブドウの味が好きだったな。
懐かしいな。今度差し入れに買って来てよ。
それともお酒入ってるのはダメなのかな。