取材8日目

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取材8日目

中だるみした連載をあっさり切られ、 夏休みという名の強制的な有給消化を終えた9月のことだった。 突然僕宛の電話があり、近くのカフェで会うことになったのだ。 「白石百合さんですか?」 目印にしていたうちの週刊誌を見つけて声をかけたが、 一瞬でこの人だとわかった。 金城エリカと同じ華やかなオーラ。 いわゆる「一軍女子」のような自信と聡明さを感じさせた。 「そうです。はじめまして。」 どちらかというとエリカよりも大人しめな雰囲気を纏っていた。 エリカがステーキと赤ワインを頼むなら、 この人は魚と白ワインを頼むのだろう。 と思ってしまうほど、相反しながらも調和する感じがあった。 「僕の記事の訂正って聞いてます。」 最近では炎上しやすい世間の風潮からか、 何かと記事に突っかかるようなことをわざわざ言ってくる人もいる。 彼女は第一印象からそんな感じではないような気がしたものの、 少しトゲのある言い方をしてしまっていた。 「怒ってるわけじゃないんです。 エリカのこと取材してくださって、むしろ感謝してます。 ただ私が知ってることが書かれていなくて、 私もエリカに何があったのか知りたいし、 少しでも情報としてお伝えできたらと思ってご連絡しました。」 「あなたも音信不通だったんですか?」 「はい。」 「大学に入学してから?」 「正確には、4月の15日からです。それまでは連絡をとっていました。」 「それが急に途絶えた。おかしいと思わなかったんですか?」 責めるような口調になるのは悪い癖だ。 そのせいか百合も目を逸らし、自分の前にあるティーカップを見ていた。 「後悔はしてます。結果的に音信不通になって、 気付いたら殺人犯として捕まったなんて何もないって思う方がおかしい。 ただ、当時は離れた方が良いと思ってしまったんです。」 「離れた方がいい?」 「そもそも高校までは、エリカは御社で書いていただいた通りの人でした。」 時間も経っているため正確な日付はわからないというが、 1月の大学受験であっさりと合格を勝ち取り、 受験戦争から早めに離脱したエリカは その後、大学デビューのための準備を始めたらしい。 百合は一般的な私立の大学を受けたため2月の中旬に大学受験を終え、 高校卒業前に一度だけ学校外で会う機会があったそうだ。 その時には既にメイクや服装などが派手になっていて、 華やかで上品な雰囲気は少し損なわれたと落ち込んだという。 その時も夜のクラブに出入りするようになったこと、 飲酒をしてお持ち帰りされたこと、男性経験を積み、 大人の仲間入りをしたことなどばかりを話され、 これ以上は仲良くできないと思い、疎遠になることを決めたらしい。 「卒業式は3月ですよね?その時は?」 「1日だけですから、みんなの前ではいつも通りでした。 2人で会った時が嘘のように。 ただ元々高校はメイク禁止だし、制服も指定です。 あとみんな思い出語りに必死だったので、 彼女の近況について尋ねる人はいませんでした。」 「でもあなたは4月まで連絡をとっていた。」 「それも正確に言うと、彼女から連絡が来ていた、というのが正しいです。 私は返信することも拒んで、ずっと無視し続けていました。 だから連絡が来なくなった時も、 「諦めたんだな」くらいにしか思っていなかったんです。」 「最後に二人で会った時のことをもう少し詳細に教えてください。」 百合は綺麗に整えられた爪を反対の手でしきりに触りながら 考えているようだった。 外で強い風が吹いている。 おしゃれなカフェの窓から入る太陽光は分厚い雲で遮られ、 一瞬だけカフェの中が少し暗くなった。 「ゆうた、そう言ってたんです。ゆうたが教えてくれたって。」 「ゆうた?男性の名前ですか?」 「詳しくは覚えてません。ただクラブに連れて行ってくれたっていうのと、 お酒を教えてくれた、すべてゆうたのおかげだって言ったんです。 そのときの話には何回もその名前が出て来たので、 あとでSNSを調べようと思ってメモしました。」 思い出したようにスマホを触り出し、スクロールを繰り返して手を止めた。 「あった。須崎雄太です。エリカからは大学生だと聞きました。」 見せられた画面には「須崎雄太・大学生」とだけ書かれていた。 おそらく百合が話の中でとっさにメモしたのだろう。 「ありがとうございます。他に何かあればここにご連絡ください。」 財布の中から少し角の曲がった名刺を取り出す。 百合は受け取ってからも何かを言おうか迷っているようだった。 「何かありますか?」 「あの、こういう言い方は、主観的で嫌なんですが、 エリカに最後に会った日、雰囲気から触れちゃいけないもの、 みたいなものを感じたんです。」 「触れちゃいけない、とは?」 「この人ここに触れたら絶対怒るだろうな、みたいな地雷です。言葉の。」 「何を言おうとしたんですか?」 「なんていうか、縋るものを見つけた、みたいな。 何か恐ろしいものに深く入れ込んでるような感じがしました。 だから私は、引きずり込まれないように咄嗟に離れたんです。」 抽象的すぎるが、的確だった。 僕自身エリカと話していて感じることがあった。 ずっと楽しかった映画を思い出しているかのような恍惚とした表情。 穏やかな雰囲気。と同時にすぐに脆く崩れそうな危うさ。 「彼女を、助けてあげてください。」 立ち上がって深くお辞儀をした百合は、 とても殺人犯の友人として頭を下げているようには見えなかった。
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