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酔い止めキャンディー
「…………これ、あげる」
おっとりとした声音と共に灯里の白い手がにゅっと伸びてきた。
仁生が見やると、ほっそりとした指に緑色の棒付きキャンディーが摘ままれていた。
個包装されているキャンディーのナイロンには、髪の毛を二つに結った少女がぺろっと上向きに赤い舌を出している。
車酔いをするということを知って、キャンディーをくれたのだろうか。
キャンディーを舐めていれば車酔いは軽減されるだろう。
酔い止めを持ち合わせていない仁生は素直に嬉しかった。
仁生は微笑みを深くして「ありがとうございます」と受け取り、ナイロンから引き抜いてキャンディーを咥えた。
灯里はやはり無表情である。
だが、どこか、まろやかな曲線を描く頬に、唇に得意げな色が滲んでいるように見えた。
気のせいかもしれないが。
棒付きキャンディーを舐めたのはいつ以来だろう。
灯里がくれたキャンディーの色が緑色だったので、メロンだと思っていたのだが味が違った。
メロンのような甘ったるい味ではない。
砂糖の甘さに微妙に爽やかさが伴っている。
仁生は何の味だろうと空になったナイロンを見ようとしてやめた。
車に乗った状態で文字を読めば確実に酔う。
そのとき、灯里がぽつりと呟いてくれた。
「…………青りんご」
「あぁ、なるほど。ありがとうございます」
仁生がぺこりと頭を下げると、灯里もならってぺこりと頭を下げてくれた。
口から伸びている二つのキャンディーの白い棒が同じように揺れる。
それが二人にしかわからない言語を交信しているようで、仁生はおもしろくてふっと微笑んだ。
すると、なぜか灯里の頬が赤く染まる。
えっと、それはどういう反応……?
灯里の頬が紅潮する理由がわからずに仁生が心の中で戸惑っていると、加賀が咳払いした。
「お取込み中、申し訳ないんだけど、強制的に説明を始めさせていただきまーす」
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