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警視庁刑事部VR課(仮)
「え、……え? 三宅部長、今、なんとおっしゃいましたか」
真新しいダークグレーのスーツを纏った藍沢仁生は微笑みを崩さず上司である三宅部長に問いかけた。
俺の聞き間違えちゃうかったら、今「東京に行ってくれんか」って言わんかったか?
細い髪の毛が禿頭を覆う見事なバーコード禿げの三宅部長は心底言い辛そうに分厚い唇をもぞもぞと動かしていた。
この春無事に地元の私立大学を卒業した仁生は、全国チェーンの大手洋服店・アキヤマの香川支店に入社した。
アキヤマの香川支店は、うどん県で一躍全国に名を轟かせた香川の県庁所在地の高松にある。
以前は、高松市で最も住みたい街と支持されているレインボーロードと呼ばれる大通りに店舗を構えていたらしいが、数年前に新規顧客獲得のために高松丸亀町商店街へと移転したようだ。
高松丸亀町商店街は、四国特産の食品や雑貨を売っていたり、商店街の四階から上はマンションらしく、実際に住民が暮らしているらしい。
ガラスドームに覆われた広場ではビールの立ち飲みのイベントが開かれているのだとか。
昔はシャッター街と化していた商店街も今では賑わいを取り戻しつつあるのだと、この間開かれた自分の歓迎会のときに三宅部長が教えてくれた。
地元のことなのに香川のことを知らない新入社員に呆れることなく話してくれた優しさの塊のような三宅部長が意を決したように唇を開いたそのとき、
「お待たせしました! 藍沢仁生くんのお迎えに上がりましたー!」
突如、ダークな木目調をアクセントにしたモダンな店内の雰囲気と相反する底抜けに明るい男の声が響き渡る。
開店の準備をしていた仁生の先輩社員たちも驚いて呆然としていた。
全力で叫びたい。
俺とは無関係の人ですよ、と。
どうして自分の名前を知っているのだと困惑しつつも微笑みを貼り付けたまま仁生が振り返ると、金髪の男とグレーのパーカーを羽織った少女らしき人物がこちらへ歩を進めていた。
だぼついたパーカーを羽織る少女らしき人物はフードを目深に被っていて表情はわからない。女性ではなく、少女らしき、というのはパーカーの裾から制服と思われるチェックの短いスカートが覗いていたからだ。
学生なら平日の今日は学校に行っているはずである。
もしかしたら趣味で制服を着ているのかもしれない。
白シャツの上から紺色のジャケットを羽織った四十代と思しき金色の男の顔は、にこにことやけにご機嫌な表情を浮かべていた。
一見、欧州風の外国人に見えるスタイル抜群の長身の男だが、顔は切れ長の一重で面長。どこからどう見てもアジア人。純日本人顔と言っても過言ではない。
肌が黄みを帯びているからなのか、顔が薄すぎるのか、金髪が似合っていない。黒髪にした方が、もっと男の魅力は増すだろうと思う。
外国人の雰囲気を出したいけんサングラス飾っとんかな、と仁生は男の頭上に鎮座したサングラスを一瞥した。
商品棚の間を颯爽と歩いてきた金髪の男が、手早く胸ポケットから何かを取り出して仁生に差し出した。
男の指の先に挟まっていたのは名刺だ。
「私は、加賀翔吾と申します」
仁生は戸惑いながらも口角を上げたまま、金髪の男――加賀から名刺を受取り、視線を落とした途端硬直する。
かろうじて微笑みを崩さなかった自分を褒めたい。
しかし、名刺に刻まれた加賀の不穏、……いや、日本で絶対的信頼を得ている組織名に動揺が隠せない。
【警視庁 刑事部VR課(仮)】
なぜか、(仮)の部分は黒いボールペンで書かれていた。
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