初めて会ったんじゃないよ

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初めて会ったんじゃないよ

 先ほど自己紹介されたときよりフードを浅く被っているため、灯里の表情がよく見える。  だが、口数の少ない灯里の表情はずっと硬い。  硬くなっているというより、無表情というべきか。  灯里にとって、無表情が普通なのかもしれない。  灯里は、空いている隣の席に身体を移動させて、仁生との距離を詰めた。 「…………私たち、初めて会ったんじゃないよ」 「え?」  どういうことだと仁生が思っていると、ずっとキャンディーを咥えている灯里がポケットからスマホを取り出した。  ころころと小さな口の中でキャンディーを転がしているのか頬を揺らしながらスマホの画面の上で指を動かしている。  灯里の指先は透き通るような白さだ。森の奥底で人知れず沸き立つ泉の上を踊る妖精かのように可憐な動きを見せる灯里の指に仁生は見惚れていた。    すると、指の動きを止めた灯里がゆっくりと通路に腕を伸ばして仁生にスマホを渡す。  仁生は首を傾げながら、灯里のスマホの画面に視線を落として思わず目を見開いてしまった。 「うおっ、えぇえ!?」  目を見開いた上に、驚愕のあまり奇声を上げてしまった。  隣で眠る加賀はびくりと身体を震わせて、一瞬、息が止まる。  が、すぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。  平日ということもあって機内にいるお客は少ないが、不愉快だという視線を感じる気がする。仁生は慌てて口を押えて柔和な微笑みを貼り付けた。  画面に映る光景が信じられず、しどろもどろになりながら仁生は灯里に問う。動揺する気持ちを抑えるように極力小さな声で。  「こ、これは一体……!?」  灯里のスマホの画面に映っていたのは、自分と灯里のツーショット写真だった。  しかも、記念写真のようにただ隣り合って映っているのではない。  顔を赤くして眠っている仁生が、灯里の胸元にぴたりとくっついているのだ。    合成?  いや、……合成?  いやいや、合成?  混乱を極める中で、間違いであってくれと一縷の望みを信じている仁生を置いて、灯里は顔を赤らめていた。  表情はない。ないが、頬だけが赤い。  そして恥じらうようにポツリと言う。 「…………仁生の歓迎会のときに」  あーーーー。  仁生は酒の弱い自分を呪った。    一昨日の金曜日、確かに会社が歓迎会を催してくれた。  高松丸亀商店街にある居酒屋で行われたが、加賀と灯里の姿はなかったはずだ。  だが、最初は、と付け加える必要がある。  仁生はお酒を飲めることは飲めるが、弱い。  ビールをコップ一杯飲むだけで、全身が赤くなってしまうほどに。  大学生時代は陸上部に所属していたのだが、ほとんど車の運転係でお酒を飲むことはなかった。  しかし、自分のために開いてくれた歓迎会で飲めませんではいけないだろうと思い、部長に進められるがまま飲んでしまった。  と言っても、檸檬チューハイを一杯飲んだだけだ。  檸檬チューハイを一杯飲み終えたあたりからの記憶がない。  どうやって帰路に着いたのかもわからない。  確認しようにも土日を挟んで出勤して間もなく、このような事態に陥ってしまったのだ。  このいかがわしいツーショット写真が撮られたのは、おそらく歓迎会の後半だろう。  いくら酔っていたとはいえ、記憶がないとはいえ!!  未成年にこれはアウトや!!!!   「あの、け、消してもらってもいいですか……!」  控えめに、そして強く懇願する仁生に、灯里は首を一振りする。 「…………嫌」  灯里は、にっこりとすることもなく顔を赤らめながら断固拒否した。
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