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車酔い
羽田空港に到着して、仁生は東京の空気に馴染む前に加賀に促されるままタクシーに乗った。
高校の修学旅行で東京に来たことはあるが、再びこの地に降り立てた、という懐かしいような、興奮するような気持ちはない。
羽田空港は無機質でだだっ広いな、と思っただけだ。
遊びに来ているわけではないので別に構わないのだが、加賀は焦っていた。
何に焦っているのかはわからないが時間がないらしい。
昼食用なのか、空港内のコンビニでおにぎりの棚の端から端まで全種類を一つずつ取っていく。
そして、ガラスケースに並べられたアメリカンドックをひとつ、ペットボトルのお茶とジュース、数本のビールを手早く購入した。
加賀はタクシーのおっちゃんにも急ぎで、と告げて警視庁に向かってもらっていた。
歓迎会が行われた金曜の夜から香川に滞在していた割に二人の荷物が少ない。
加賀は小型犬が入るくらいのストライプ柄のボストンバックと、灯里は黒いリュックひとつだけだった。
後部座席に、仁生を真ん中にして三人がぎゅうぎゅう詰めになって座った。
誰か助手席にいかないんですか、と言おうとするも虚しいことにタクシーが発進してしまう。
大の大人が二人、少女がひとり。
不意に、隣に座る灯里と衣服が擦れ合う。
拍子に、熱でとろとろに溶かし込んだキャンディーの甘い匂いがふわりと漂ってくる。
衣服ではあるが灯里と触れ合っている左半身の全神経が異様にぞわぞわしていた。
灯里はキャンディーを舐め終わってもすぐにパーカーのポケットから新たな棒付きキャンディーを取り出して口に咥えていた。
キャンディーが大好きなのだろうと思う一方で、弁当の匂いでなくてよかった、と仁生が心底安心していると、加賀が話しかけてきた。
「ここから三十分もしないで着くから、その間に説明するね」
飛行機の機内で眠りこけていたおかげなのか、元気な加賀はスマホを簡単にいじって仁生に見せようとした。
しかし仁生は即座に微笑みながら丁寧に断りを入れた。
「すみません、車酔いしてしまうので見れません」
酔い止めも飲んでいないのに、車内で文字を読むことなんてできない。
実はというと、今現在も酔ってしまうのではないかとひやひやしている。
飛行機は機体がそんなに揺れないからなのか平気なのだが、車やバス、遊園地の乗り物は酔ってしまうのだ。
不思議なことに自分で運転する分には問題ないのだが。
加賀に促されるまま後部座席に乗ってしまったが、自分が最初に助手席に座ればよかったと今更ながら後悔する。
今気づいても後の祭りだ。
すると、加賀はスマホをパンツのポケットにしまった。
「あ、そうだったね。口頭で説明するよ」
そうだったね?
加賀の受け答えに仁生は疑問を感じる。
どこで自分が車に酔うということを知ったのだろう。
車酔いをするだなんて親しい人しか知らないはずなのに。
加賀が自分の友人に会っているとも思えないし、両親に会っているとも思えない。
となれば、三宅部長?
共通人物は、三宅部長だけだ。
しかし、車酔いすることを伝えた記憶はない。
べろんべろんに酔ってしまった歓迎会のときに話していなければの話ではあるが。
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