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「あれ、今日はいつにも増して混んでるな」
電車を降り、ホームから駅構内へと移動していると、人の流れが悪いのが気になった。
「あれだよ、4年前の殺人事件 多分花とか供えに来た人がいるんだろ マスコミもいるだろうし」
「殺人事件?......ああ、そういえばあったな」
一緒にいた同僚に言われなければ、そんな事件があったことすら忘れたままだった。
「あのときは東北の方の支社に行ってたからすっかり忘れてた」
「大変だったんだぜ 取引先のところから帰ってきて、歩いてたら…っていうか、ちょうどこの辺だったかな 悲鳴が聞こえてきてさ」
「え、お前現場にいたのか」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「初めて聞いたよ えらいところに出くわしたな」
「まあな、悲鳴が聞こえて、それでも誰かがふざけて叫んだか、せいぜい痴漢だと思っててさ そのまま進んでって、ふと下を見たらちょっと先に赤いのが見えて......」
「じゃあお前、死体も見たのか?」
「俺が見たときはまだなんとか息があったよ ただ、ちょっと見ただけでも体が真っ赤っていうか、黒くなってるのが分かって、助からないって思ったけど」
「...すごいことになってたんだな...」
「ただ、その時怖かったのがさ、誰かがこう言ってたんだよ『どうせ助からないから救急車より警察を先に呼ぼう』って」
「そんなこと言う人、いたのかよ」
「いたんだよ でも、誰も強く否定しないんだ 分かってたんだ、皆」
「そりゃそうかもだけど...」
「かわいそうだったけどな 周りで騒いでる奴らも、怖がってるっちゃ怖がってたけど、特に泣き叫ぶようなことはなかったな」
「意外だな...」
「まあ、ドラマとか漫画みたいな感じじゃなかったな ちょっとつまんなかった」
「おいおい、サイコパスかよ」
「そんなんじゃねえよ 正直あのときは焦ってたけどさ 仕事もまだあるし、かといってこのタイミングで現場を離れるのも怪しまれるだろ」
「そんな時まで仕事かよ」
「まあ、嘘だけど」
「嘘なのかよ」
「でもまあ、抜け出しづらかったのはほんとだよ 結局、30分くらいはそのままその辺りにいたかな」
「怒られなかったか?」
「連絡したらまあしょうがないって言ってたよ」
「ならよかったな」
「ほんとだよ こんなんで怒られてたらやってらんねえよ」
「あれ、そういえば犯人って結局見つかったんだっけか?」
「いや、まだだ」
「そうか...っていうか、お前、見たかもしれないんだろ?」
「ああ、そうだな」
「誰か怪しい奴とかいなかったのか?」
「全然だよ そもそも今日ほどじゃないにしても、人が多いんだ 全員の顔なんて見ねえよ」
「まあそりゃそうか...... また誰かを殺そうとしてなきゃいいけどな」
「それは大丈夫だろ なにかトラブルがあったらしいし」
「え、初めて聞いたな」
「そうか?結構有名な話だと思ってたんだけど」
「でもなんでそんなこと...」
「ネットの掲示板に出てたんだよ ほらこれ」
「『犯人です』...?怪しい話だな」
「まあな、でも結構犯行計画とか、当時の状況とかが具体的でさ、本当に犯人じゃないかって言われてるんだ で、一番やばいのがこの動画」
「動画?」
「刺した瞬間まで、撮ってあるんだよ そこからもあるっちゃあるけど、さすがにグロいし、なにより特定されない為に結構ぼかされてる」
確かに、その映像の前半にはナイフの先端のようなものが映っていて、しばらくするとそれが人に触れて──急に画質が落ちて──ぼんやりと、赤い何かが見える。
2.4万回再生。
その再生数の下に表示されている英字の羅列を見て、拍動が早くなったのを感じる。
犯人と言われている投稿主のIDと、同僚のアカウントのIDが一字とも違わず、同じだったからだ。
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