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『俺が特に気になったのは、『全面的に』ってとこだ。だからマスターに訊いてみたんだ。……七夕祭のイベントで、日を改めてでもやる予定のものはあるのか。──そしたらあった』
ああ、知ってるよ。よくわかっている。
『小学生の子供達に短冊に願い事を書いてもらって、笹に吊るして飾るんだ。夜店とかステージの出し物とかは無理でも、これなら人が集中しすぎることはない。書いた子とか、その親も見に来るから、集客にもなる』
そう、子供たちの短冊を飾るのは七夕祭の恒例行事だ。子供たちの短冊を毎年楽しみにしている親御さんや近所の人もたくさんいる。
『聞いたところによると、この短冊は近くの星町小学校の一〜二年生に書いてもらったそうだ。子供たちが書いたものを先生方が集め、それを教頭先生がまとめて実行委員長のマスターに渡した。で、マスターは飾る当日まで開けずに保管していたんだと。──俺はそいつをマスターに借りて、全部チェックしてみた』
「全部⁉」
『ヒマだからな』
画面の向こうの男はしれっとそう言った。
『まあ少子化で児童数減ってるから、そんな手間でもなかったよ。教頭先生は几帳面な性格らしく、短冊も学年とクラスごとにきっちり分けられてた。飾る時にはバラけさせるんだそうだ。……で、俺のアンテナに引っかかったのがこれだ』
彼は、コピーした短冊の一枚をぺらりとこちらに見せた。それにはこう書かれていた。
「さとしくんがふつうになりますように。 みほ」
『実に残酷な願いだな』
と、彼は評した。
『几帳面な教頭先生のおかげで、これが星町小学校の二年一組の生徒のものだということはわかった。それで、二年一組の非正規雇用の副担任に話が聞きたいと思ってね。……なあ、谷口』
彼は今日初めて僕の名前を呼んだ。多分何もかも見通しているのだ。そういう奴だ、彼は。
『ここに書かれている、さとしくんとみほちゃんて、どんな子だ?』
「さとしくんは……」
僕は口を開いた。そうせざるをえなかった。
「聡志くんは、発達障害の気がある子だ。自分の興味に没頭して人の話を聞いてなかったり、忘れ物が多かったり、一定のルーティンにそった行動をしないと調子が悪くなったり、多動の傾向もある。でもクラスのみんなは、彼には出来ることとうまく出来ないことがあるのを理解してて、手助けしたりしてるんだ。今はコロナの影響でルーティンが崩れてしまって、なかなか学校に来れてない」
『みほちゃんは?』
「美穂ちゃんは、本人はいい子だよ。友達も多いし、聡志くんとも仲良くしてる。多分、その短冊だって悪気なんかないんだ。ただ、まわりの大人たちの言葉をそのまま使ってしまったんだと思う」
『悪気がないなら、なおさら残酷だ』
彼の言葉は鋭かった。
『だけど、その残酷な言葉を世に出さないために、他の全ての願いを握りつぶすのもなかなかに乱暴だ』
彼の目はまっすぐに僕を見ている。
『短冊は書いてすぐに回収された。マスターは受け取ってから一度も開けてないから、中身を見れるのは星町小の教員だけだ。しかも、二年一組に関わる、な』
「担任の先生は……」
『ああ、それも考えたよ。だからおまえの反応を見ようと思った』
わざわざ顔が見えるオンライン通話にしたのは、それが理由か。
「おまえの言う通りだよ。これはとても残酷な願いだ。これだけを握りつぶそうにも、几帳面な教頭先生は全員がちゃんと提出してるかチェックをかけてるし、何より美穂ちゃんの短冊だけなかったり書き直しさせたとなると、美穂ちゃんの親が黙っちゃいない」
僕はかたわらに用意していたチューハイの缶をあおった。
『モンペなんだな』
「担任も校長も事なかれ主義だ。僕は副担任とは言え非正規だから、立場は弱い。口出しなんて出来やしない。でも、僕はどうしてもこの言葉を聡史くんに見せたくなかったんだ」
酒をしこたま呑んで、その勢いのまま左手で脅迫状を殴り書き、中止のお知らせの上に貼り付けた。バレてもいいと、その時は思っていた。
酔いが覚めて冷静になってみると、こんなことをにしてしまっては学校からの雇用契約は打ち切られてしまうだろうし、こんな紙切れ一枚でイベントが中止になるわけなんてない。
「それでも、何かしたかったんだ」
僕は絞り出すような声を出した。
「何をやってるんだろうって。僕はみんなに、さっきおまえが言ったような、街の光の上に満天の星空を見れるような想像力を持てる子になって欲しくて、でもそこまで出来なくて。ヤケになってこんなことをしても、何もならないのに」
それでも。
泣きそうになる。いや、泣いてたのかも知れない。
『残念ながら、マスターを初めとした実行委員の皆さんは短冊を飾ることを取りやめる予定はないそうだ』
彼の言葉が無情に響いた。それに続けて。
『──だけど、な』
彼はこちらにニッと笑って見せた。いたずらっ子の笑みだった。
『劇団のメンバーにも手伝ってもらって、ちょっとした小細工をさせてもらった』
「小細工?」
『ま、本番を楽しみにしてろや』
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