星に願いを

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 商店街が七夕飾りを飾り始めたのは、七夕から約一ヶ月後の八月初めだった。少し季節外れ感はあるが、旧暦では七夕は八月の後半らしいので、間を取った形だ。  各店の店先に笹を立てて、そこにいくつもの短冊を下げている。  道行く人々の中には浴衣姿や甚平姿の人たちもいて、見るからに夏の祭だ。……ほとんどの人たちはまだマスクをつけてはいるが。  自分の書いた短冊を見つけ、嬉しげな声を上げる子供もいる。 (あれ?)  見ているうちに、僕は少し妙なことに気づいた。短冊の数が少し多い気がする。僕は何気なさを装って短冊をチェックした。  あの美穂ちゃんの書いた短冊も、ちゃんと下がっていた。しかし。  「前のように、普通にみんなと顔を合わせておしゃべりできますように」  「普通に映画やライブに行けるようになりますように」  「遠くにいる好きな人と、会える普通がまた来ますように」  「ひいきのお店の普通の日々が取り戻せますように」  「コロナ以前の普通に戻れますように」  それは明らかに大人の手による字だった。子供たちの短冊に混じって、あちこちにそんな文章が書かれた短冊が吊るされていた。  ……彼は言っていた。ちょっとした小細工をした、と。 (『普通』を上書きしたのか……!)  これらの短冊を吊るすことによって、「普通」という言葉は「コロナ以前の日常」という意味づけに変わって来る。美穂ちゃんの短冊も、これなら「聡史くんが、コロナ以前の生活に戻れますように」という意味にも取れる。  彼は、短冊を取り除いたり変えたりせずに、「普通」の方を変えてしまった。短冊の量や文字からすると、一人で作ったものではない。劇団のメンバーに手伝ってもらったと言ったのは、この短冊を作るためだったのか。  僕はさらに短冊を見て回った。きっと、彼の書いたものもあるはずだ。  ……それは、笹の葉に隠れるように目立たないところにあった。  「普通にみんなが再び舞台に立てる日が、なるべく早く来ますように」。  裏側には、「いや、来る!」。  それは、中学生の頃から演劇に打ち込んでいたという彼の、今現在の切なる願いだ。街の光にかき消されている星を、何とか探そうとする意思だ。  何かが目からこぼれそうな気がして、僕は空を見上げた。街の光の向こうに、それでも星が輝いている。と、つい、と視界の隅の空を光が横切った。 「あ、流れ星!」  道行く誰かが言った。  そういえば今はペルセウス座流星群の時期だ。極大にはまだ日にちはあるが、少しは流星の数も多くなっているのかも知れない。  流星は皆の願いを受け止めるように、また一つ、空を流れた。
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