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再び、紫澤は社会人になってから、ふらりと仕事帰りにこの店へと立ち寄る様になっていた。 どうしてまた、自分を振った男である俺の前へ現れるようになったのだろうか。 その理由が分からない俺は、彼が来訪する度戸惑い、何処か警戒してしまう。 また、俺の恋人は超が何十倍も何百倍もつく程、嫉妬深く独占欲が強い。紫澤の名前を聞いただけで、いちいち顔を険しくさせてしまう男だ。 万一、この状況が翔琉に目撃されてしまったら……。 バイト中の出来事であるから、不可抗力と言えば不可抗力なのだが、強い緊張感がそこへ伴う。 元々、紫澤が学生時代に訪れていた頃から彼の指名で俺が給仕を担当していた為、暗黙の了解で現在も俺が担当を任されている。 ボードで現在空席である場所を確認し、俺は店内入口付近のボックス席へと紫澤を案内した。 座り心地が固めのソファへ座った紫澤は、着席するなりにこやかな表情で俺へと話し掛けてくる。 「今日も高遠君の顔を見に来ました。今日は金曜で明日は休みなので、久々にゆっくりしていっても良いですか?」 客は紫澤の方で、好きなだけ自由に居座れるのだが、わざわざ店員の俺へと上目遣いでお伺いを立てるその姿は、生まれながらの人柄の良さが滲み出ているように思えた。 それにしても、相変わらず歯が浮くような言葉を平気でこの男は告げる。 そんなことを言われてしまったら、むず痒さを感じつつも邪険にはできず、俺には頷くことしかできない。 今宵もきっと、俺の上がる八時までに急ピッチでドラマ撮影をしている翔琉が来る可能性はほぼないだろう。 紫澤と俺は、ただの客と店員の関係。 「どうぞ、紫澤様が心行くまでお過ごし下さい」 不安を取り除こうと、自身へそう強く言い聞かせる。そして、俺は水を取りにキッチンへ戻る為に踵を返した。
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