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01:妖怪変化のいる病室
上下共に黒いスーツを着用して、俺は七神指総合病院へと赴く。宝石の流通をコントロールして価値の高騰や暴落を防ぐ組織、輝石会。その下っ端である俺には金がなかった。
下っ端だからな。当然といえば当然だ。
生きる宝の山を監視する役目に選ばれた際には、しめたと思った。バレないように宝を懐に入れてどこかで換金すれば、俺の生活苦も楽になるかと思ってのことだった。
「あ、おじちゃんだ」
病室のベッドでクリームパンを頬張っている山月月月見が俺を見て、別段怯えるでもなく言う。
「……今日はあちぃな」
「長そでだからだよ。ぬぎなよ」
クリームパンをもぐもぐ食べながら、月見は言った。
しかし俺は真っ黒なスーツが手放せない。周囲になめられちゃいけないと自分を鼓舞するためにも、この上下一式は脱ぐわけにはいかなかった。
なめられたが最後、餌として喰らい尽くされるだけである。社会とはそういうものだ。……そして、この病院も。
「ああ? 誰だそいつ? おい月見ぃ、新入りかよ」
山月月月見の隣のベッドで、ギプスをはめた片足を吊っているのは、なんとも目つきの悪い狸の獣人だった。二足歩行する獣や吸血鬼や鬼や妖精なんかの種族は、人間が多数を占める社会でも割と当たり前に存在し、暮らしている。
鬼なんかは力が強いから、刀職人や工事現場の作業員や著名人のボディガードなど、気がつけばそこにいて、俺より高い給料を貰っている。妬ましい。
「おじちゃんはねえ、あのねえ、新しいおじちゃんでねえ、えっとねえ、かんしするの」
「誰を」
「ツキミを」
「かぁーっ! 輝石会か! 懲りねえな! また月見のこと泣かせに来やがったってのかい」
狸の獣人が俺をギロリと睨みつけた。
俺の前に山月月月見を監視していた男は、月見の体液が宝石に変わる体質を利用して、散々泣かせてダイヤモンドをせしめていたらしい。
ダイヤモンドだ。ダイヤモンド。なんと月見の涙はダイヤモンドへ変質する。それを聞いて俺だって欲しいと思った。大粒の涙一つで、俺はオンボロアパートの家賃を二ヶ月分は払えるだろう。いや、三ヶ月か。どうでもいい。
ともかく、だ。前任者は月見の涙をこっそり着服して、小遣い稼ぎをしていたというわけである。俺もそうしたいところなのだが、病室の奥でこちらを睨みつけてくる化け提灯や河童を見るに、前任者と同じ真似をすればただでは済まないのだろう。
というか提灯は何が理由で入院してるんだ。火力か?
「うーさん、けんかはダメよって、さっちゃんに言われてるでしょ、にらんじゃダメよ」
マイペースにクリームパンを食べ、指についたクリームを舐めながら、月見は隣にいる狸……うーさんとやらに話しかけていた。
「知ったことかよ。おめえから受けた義理を返すためなら喧嘩の一つや二つ」
唸り声をあげんばかりに犬歯を剥き出して俺を見ている「うーさん」。正直、荒っぽい奴は苦手だ。俺はため息を一つつくと、口を開いた。
「聞け、俺は別に……」
「はぁーい! お元気かしらぁ? 入院してるんだから元気なわけないわね、ごめんなさいね! 右京、あんた月見ちゃんに迷惑かけてないでしょうね! あら? 誰よこの真っ黒棒人間。やだぁ、ファッションセンスないわぁ」
思い切り遮られたが。
派手な女性用の着物を着た狐の獣人が、ズカズカと病室に入ってきて好き勝手にまくし立てたからだった。
声が男だ……この狐。
「げ、左京……」
「あ、さっちゃんだ」
先程からろくなセリフももらえずに突っ立っている俺を置いてきぼりにして、うーさんや右京と呼ばれて顔をしかめる狸獣人と、左京やさっちゃんと呼ばれてにっこり笑う狐獣人が対面したのだった。
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