02:横槍が入る定め

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02:横槍が入る定め

「あらぁ、輝石会(きせきかい)なの、あらそう」  うーさん……おそらく右京(うきょう)というのが本来の名前だろう狸から話を聞いた狐の獣人は、「真っ黒棒人間」と形容した「ファッションセンスがない」俺を見て、眉をひそめた。 「まあ、ヒョウ柄のシャツ着てヨレヨレのスーツ羽織ってた前の男よりかは清潔感があるけれど……それだけね。輝石会って本当、選ぶ服がダサくて駄目ね」  散々な言われようだ。  まあ、こいつらにとっては山月月月見を泣かせてきた悪の組織にでも見えているのだろう。現に前任者はそういうことをした。嫌われても無理はない。  こいつらは知らないだろうが、月見の病気は経済を動かす。誰に嫌われようとも監視をこなさねばならない。俺は無視を決め込んで、山月月月見の方をじっと見ることにした。 「おじちゃん、いすにすわらないの?」  たどたどしい話し方で月見が話しかけてくる。  壁にもたれかかった状態で立っている俺は、鼻を鳴らした。 「お前たちと馴れ合うつもりはない」 「だって、そこにいるとじゃまだよ。入り口からは、どかないとだめなんだよ」  ぐあ、せっかく格好つけたのに。  月見の、悪気のない率直な意見が俺を貫く。言葉に詰まった俺を見て、ぶふっと噴き出す化け提灯と河童が見えた。お前ら覚えてろよ。後で民芸品にしてやる。  小学校高学年だろう見た目の月見だが、話し方はまるで幼子だった。きょとんとした顔で俺を見ている。世界の恐ろしさを何も分かっていないような表情だ。 「……俺のことが怖くないのか」  思わず三流人外のようなことを言ってしまった俺に、山月月月見は首を思いきり傾げて、そうして口を開く。口元にクリームパンのかけらがついていた。 「おじちゃん、よわそうだから、へーき!」 「弱……」  左京(さきょう)という名の狐がニヤニヤと笑って俺を見ていた。右京という名の狸が俺を見て頷いていた。ここに俺の味方はいない。心細くなんかない。俺は俺の任務を遂行するだけなのだ。 「……ふん、見くびっていると、いつか痛い目に」 「月見ちゃん、体温計りまーす」  格好つけようとすると邪魔が入る仕組み、何なんだ。  セリフを遮られ、俺は看護師がカートを押しながら山月月月見に体温計を手渡すところを、ただ眺めるしかできなかった。 「あら、左京さん、右京さんのお見舞いですか?」 「そうなのよ、この力馬鹿、病院にご迷惑かけてないかしら? あたし心配で」  ふわあ、と月見があくびをする。目に大粒の涙が浮かぶ。それがポロリと落ちて、ダイヤモンドに変わったのを俺は見た。 「あら、眠くなっちゃった?」  看護師が慣れた手つきで宝石を拾い上げ、カートの上に置かれた銀色の皿に入れる。月見の体液は、こうして回収されるようだ。……お、俺が拾いたかった。  後で看護師から聞いたことだが、月見の体から出た宝石で、病院の経営の一部や、患者の入院費用を賄っている側面もあるらしかった。  なるほど、狸が義理を返すと息巻いていた意味が分かった。  山月月月見の監視は困難を極めた。  まず、月見がトイレに行きたがった場合、男である俺はついて行くことができない。なぜか看護師がそばにつくのだが、トイレから出てきた二人を見れば理由が分かった。  月見の尿も体液としてカウントされるのだ。  ……生理現象を無理やり止めさせるわけにもいかない。ただ俺は、黄色い宝石には極力触らないようにしようと心に決めたのだった。  そして月見はよく動く。  あまり動いて汗をかかれても困る。それが宝石となってポロポロ落ちる羽目になるからだ。慌てて追いかけ、捕まえようとするが、月見はそれを追いかけっこだと認識したのか、きゃっきゃと笑って逃げ始めた。  俺が肩で息をしている目の前で月見が自分の体をパンパンと叩き、汗でできたサファイアを床にばらまく様は、日本経済への冒涜のように思えた。  一粒、もらったが。
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