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まだ何も識らない赤ん坊の頃は、僕は父さんを無邪気に慕っていた。彼は何でも僕に与えてくれる。悪魔の力は大したもので、僕が欲しいものを云えば、ただちに鏡の向こうから送ってくれる。僕は父さんのことを、年中やって来るサンタクロースのような存在だと思っていた。
けれども成長していくにつれ、僕は疑問を持ちはじめた。このひとは自分のことを僕の「父さん」だと云うけれど、一度も遊んだことのない、一緒に食事をしたことのない人物を、果たして父親だと呼べるだろうか。そもそも彼と僕の間には、関係を保証するものが、何も無いのだ。
彼は云う、私はお前を愛しているのだと。僕は思う、悪魔に愛など判るのだろうかと。僕は日々成長して、赤ん坊の頃より見識が広がった。僕には導き手が必要だ。それは母さんでは駄目なのだ。僕は母さんに守られる坊やを卒業して、母さんを守れる人物になりたい。もう高学年になったのだし。
僕は人生の師、模範としての「父親」を必要としている。切実に。だけど鏡越しの「父親」は悪魔で、悪魔としての能力は誰より優れているのかもしれないけれど、人間的な愛情については失格じゃないのか。欲しがるものをただ与えるだけが愛情だろうか。僕はそうは思えない。
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