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だからいつしか僕は彼に何もねだらなくなった。すると彼は僕の気を引こうとして、勝手にあれこれ送りつけてくる。きわめつけは、
「お前が望むのなら、お前に世界をやろう。何でもお前の思いどおりだぞ」
僕はうんざりだ。でもそんな気持ちは鏡の前では表わさない。母さんはこの家族の形に安らぎを感じている。とっても奇妙な形だけれど、さんざ恋愛で苦労した母さんが、やっとのこと手に入れた仕合わせなのだ。僕は母さんの仕合わせを守りたい。
「ガッコウはどうだ」
と、父さんは僕に訊く。ガッコウのことなんて何も判らないくせに、そうやって訊ねるものだと母さんに教えられて、形式的に質問しているのだ。従って僕も形式的に答える。「そうだね、まずまずってとこ」
「まずまず、な」
彼は頷いて、黒い羽根ペンで手帖に書きつける。まずまずって、悪魔の世界でも使う単語なのだろうかと、僕は口紅をくり出しながら考える。母さんの化粧台の鏡が、悪魔の世界との通信窓口なのだ。
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