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だがしかし、例えば今日超新星爆発が起きてしまったら。七百年後の人は、あのベテルギウスを眺めることができなくなってしまうかもしれないということである。なんだか淋しい話だ。星も寿命があるから、永遠にとはいかないし、九百万年も生きているというだけで十分凄いことではあるのだけれど。
ゆっくりと風呂場の天井を移動していく、満点の星空。牡牛座を見、鯨座を見、その都度理央の解説に耳を傾けていたその時である。あれ?と不意に理央が声を上げたのだ。
「あんなところに星、あったっけ」
彼が指差す先。鯨座のすみっこに、小さな赤い点々がある。星と呼ぶには少々薄暗く、目を凝らさなければよく分からないレベルだ。星に詳しい理央でなければ、気づくこともなかっただろう。
「火星じゃね?……とか思ったけど、火星ならもっと明るく表示するか。それに複数見えるはずもないし」
「このディスクだと、冬の恒星しか表示されないはずなんだよ。惑星が見えるディスクは別にあるから。……あ、もしかしてディスク汚れてるのかも。保管はお父さんがするって約束で、ずっとお父さんの部屋に置いてあったし」
「マジか。掃除したほうがいいかもな」
一度プラネタリウムを消して、風呂場の電気をつける。急に明るくなった世界に目をちかちかさせながらも、電源を落とした機械から理央がディスクを取り出すのを眺めていた。
星空を投影する専用ディスクは繊細なので、メガネ拭きのような布で優しくこすらないといけないらしい。布を持ってディスクを理央が掃除しようとした、まさにその時だ。
「……?どうした、理央」
布とディスクを手に持ったまま、理央がしばし固まっている。俺が不思議に思って尋ねると、彼は答えないままディスクを床に置き、再度箱の中を覗いているではないか。その表情は、明らかに色をなくして蒼白である。
「おい」
「さっき気づかなかったけど……付属ディスクは、五枚なのに。……なんでこんなにたくさんあるんだろ」
「え?」
「ごめん、駿」
一体どうした、と思うやいなや。彼は別のディスクを箱から取り出すと、みにぷらにセットした。そして、風呂場の明かりを消し――スイッチを入れたのである。
再び天井に投影される光。しかし、現れたのは美しい星空ではなくて――。
「な、なんだよこれっ!?」
俺は、すっとんきょうな声を上げることになるのだ。
天井に映し出されたのは、あまりに異様な、気持ち悪い物体であったのだから。
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