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執着アルファの烈々たる愛
「この薬は『神薬』と呼ばれていてね。人の第二性を変えてくれる便利な薬なんだ」
そう教えてくれたのは祖父だった。
俺は当時まだ小学一年生。人に第二性があることは知っていたが、それがなんなのかピンとこないような、そんな幼い時分。だから祖父の話を聞いても「ふぅん」としか返事ができなかった。
「この薬を飲んだものはアルファでもベータでもオメガに変わる。一度に飲ませることはできないが、継続して飲ませれば必ずオメガになってくれるんだ」
「なんでそんなことをする必要があるの?」
「そうすれば自分の好いた者を番にできるだろう?」
“番”と言う言葉は聞いたことがあった。
アルファにとって生涯の伴侶。ベータの婚姻よりも濃くて強制力のあるもの。
そして“番”を得られるのは、アルファとオメガのカップルだけであること。
「じゃあこれを飲み続ければ、僕もオメガになっちゃうの?」
「飲み続けるだけじゃダメだ。これと決めて薬を飲ませた相手を、自分のフェロモンに馴染ませる。すると相手の体が反応して、より早くオメガ化が完成すると言うわけだ」
「フェロモン……」
その存在は知っていたが、どうすれば馴染ませることができるのか、このころの俺にわかるはずもなく。
祖父は首を傾げる俺の頭を撫でて
「きっと大人になればわかる。お前は血族の中で儂に一番似ておるからな」
そう言って淡く微笑んだ。
思えば祖父もまた、『神薬』を使った人間なのだろう。
彼の番である祖母は、オメガとは思えないほど長身で立派な体躯を持ち、覇気に溢れたアルファのような人物だった。
祖父はアルファだった祖母がどうしても欲しかったのだろう。
だから――。
幼いころには理解できなかった祖父の言葉。
しかし今なら痛いほどによくわかる。
今のままではベータであるタイチと番うことはできない。
タイチがベータ女性であれば、まだ子ができる可能性もあったが、男同士の俺たちでは永遠に次代を残すことができない。
俺の家は嫡男が跡取りを作るしきたりがある。古くから続く馬鹿らしい因習だ。
だから今のままでは、タイチとの未来は絶対に訪れない。
あいつが俺以外の人間と恋に落ちて結婚するのを、指を咥えて見ていることしかできないのだ。
――そんなこと、絶対に許さない。
すぐさま父に『神薬』を使うことを話すと、父は一瞬目を見開いて絶句した。そして深いため息を一つはくと
「お前はおじいちゃんに似ているからな。こんな日が来るのではないかと思っていたよ」
そう呟いた。
遠い目をする父。自分の両親である祖父母を思っているのだろう。
やはり父も、母である祖母の第二性について思うことがあったのだ。
「この薬を使うと言うことは、相手の人生を根底から覆すことになる。これから先の未来を、お前が全て背負うんだ。その覚悟がお前にあるのか?」
「もちろん」
生半可な気持ちで、タイチを得たいと思っているのではない。
タイチの肉体も、人生も、全て俺が手に入れる。
父は黙って俺を見つめて、再び大きなため息を吐いて「許可しよう」と言った。
かくして俺はタイチに『神薬』の投与を開始した。
「今うちの会社で新しいサプリを開発中なんだ。貧血によく効く鉄分のやつもあるんだけど、飲んでみないか? タイチ、少し貧血気味って言ってたろ」
そう言ってサプリ……と偽った『神薬』を手渡す。
「ありがと。いくら?」
「タダでいいよ。実はこのサプリはまだ試験段階で、飲んだ人のデータが欲しいんだよね。実験体になってもらうようで悪いけど、こう言うこと頼めるほど信頼できる相手はいないからさ」
「……まぁ、それなら」
タイチは少しだけ頬を赤らめて、俺からサプリを受け取った。
俺から信頼してると言われて恥ずかしそうにするタイチは本当にかわいい。ここが大学のカフェじゃなかったらすぐにでも押し倒したいところだが……今はその時期じゃない。
タイチのオメガ化が完了するまでは我慢だ。
一錠の『神薬』がタイチの口の中に、水と一緒に流れ込んでいく。
その光景を見た俺の背がブルリと震えた。
背徳感と高揚感。
それが一気に押し寄せて、下半身が反応を示した。
「……どう?気分が悪くなったりしてない?」
「いや、大丈夫だけど……。何?副作用とか出るサプリなの?」
「わからない。と言うかそこまでデータが取れてないんだよね。後でもし体調に変化が出たら、教えてくれる?」
「わかった」
「それからこのサプリ、毎日一錠、決まった時間に服用して欲しいんだ」
「毎日!? じゃあ土日も?」
「うん。だからしばらくは休日も俺と一緒に過ごして欲しいんだけど」
「俺は構わないけど……お前はいいのかよ。会社の仕事、手伝ったりしてて、よく海外に行ったりしてるじゃないか」
「このサプリが販売に漕ぎ着けるようになるまで、そっちは免除してもらったから大丈夫。俺の方こそタイチの休日まで拘束して悪いな」
「気にすんな。俺たち友だちだろ?」
「……本当に嬉しいよ」
手を差し伸べると、タイチは素直にその手を握りしめた。
友情の握手。
今はこれでいい。
俺もタイチの手を握り返して、ほんの少しだけ彼に向けてフェロモンを流してみた。
だけどタイチはそれに気付かない。
ベータはもちろん、オメガですら気付かないであろう微弱なフェロモンだから、気付かないのも当然だろう。
けれどこれからは、俺のフェロモンをタイチの体に覚えこませることが大切だ。
そうすれば完全にオメガ化したあとのタイチは、自分に最も馴染みのあるフェロモンを放出する俺に、真っ先に縋ることだろう。
まるで卵から孵った雛のように。
俺を第一のアルファとして認識するのだ。
幼少の日に祖父が言っていた言葉の一つ一つが、俺の中で昇華されていく。
――おじいちゃん。俺はたしかに、あなたの血を濃く受け継いだようだよ。
そして俺もまた、祖父と同じようにタイチを……自分の番を手に入れる。
時間をかけて少しずつ俺のフェロモンに馴染んでいくタイチ。
俺の手によって一から作り上げられたオメガ。
俺だけの番。
そう考えるだけで感情が高ぶって射精してしまいそうだ。
「薬、早く完成するといいな」
「あぁ、そうだね」
早くオメガ化が完了すればいい。
そうしたらこの腕に囲って、一生離さないから。
将来訪れるであろう未来を夢想して、俺は笑みを浮かべた。
**********
二年後。
「……なぁ向井。お前フェロモン漏れてない?」
タイチがそんなことを言い出した。
俺のフェロモンがすぐに嗅ぎ取れるほどに、タイチのオメガ化は進んでいる。
ついにここまで来た。
タイチが完全にオメガ化するまで、あと一歩。
思わず破顔してしまいそうになる自分を内心で叱咤しながら、冷静を装って「そうかな?」とだけ答える。
「ベータの俺にだってわかるくらいだ。オメガが反応したらまずいことになるだろう? アルファ用の抑制剤でも打ったら?」
それは大丈夫。
このフェロモンはオメガとしてのフェロモンを滲ませ始めたお前を、守るために出しているもの。タイチを守るバリアなんだ。
フェロモンを濃く感じるのは、お前のオメガ化が進んでいる証拠。
実際のタイチの体からは、ほかのアルファまでもが反応するほど、濃厚で甘いフェロモンの芳香が漂っている。
――これは俺のものだ。
周囲のアルファをそう牽制するため、そしてタイチの体をより俺のフェロモンに馴染ませるための、より一層フェロモンの濃度を高める。
「向井っ! だからフェロモン漏れてるって!」
赤い顔で抗議するタイチ。
その息が荒く弾んでいる。
あぁ、もうすぐ。
もうすぐ俺の望んだ未来が手に入る。
「ごめんね、後でなんとかするから、少しだけ我慢して」
ふらつくタイチの腰をしっかりと抱きとめる。
「俺が支えてあげるよ」
タイチの一生を、俺がずっと支えてあげる。
「あ、あぁ、悪いな」
トロンと蕩けた目で微笑むタイチ。
彼が俺の手に堕ちる日まで、あと僅か……。
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