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「それでは、貸出期間は三十分です。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
そう申し上げ、扉までお送りしたところ、ちょうど窓から夕刻色の光がロビーに侵入してまいりました。
通常ならば刹那的なこの光を、今日ばかりは彼女のおかげであと三十分ばかり楽しめるわけです。
扉を開いてさしあげると、彼女も橙色の景色を見て、足を止めました。
「ああ、あの子の色だわ……」
不思議な呟きが聞こえましたので、私は扉を支えたままお尋ねいたしました。
「あの子、とは?」
「私の孫のことよ。夕映えと書いて、夕映という名前なの」
綺麗な名前でしょ?
自慢げに言う彼女に、私も「そうですね。素敵なお名前です」とお答えしました。
すると彼女はにっこりと、実に嬉しそうに微笑まれました。
同じ孫を持つ身としては、そのお気持ち、よく理解できます。
「さて、返却期限もあることだし、そろそろ行ってくるわ。館長、いろいろありがとうね」
「いいえ。私は自分の仕事をしたまでですから。では、お気をつけて」
「行ってきまーす」
彼女の楽しそうな声がロビーに響き終える頃には、もう彼女の姿はありませんでした。
足には自信がある、というのは、真実だったようですね。
私はゆるやかに扉を閉じました。
正面には、額縁の中で、落ちゆく砂を止めたままのサブリエ。
透明の入れ物に黒い砂は、少々無機質な印象も受けますが、ロビーに差し込む夕焼けのおかげで、いつもとは趣の異なる様子にも感じられます。
夕映えと書いて、夕映。
彼女は、もう、夕映さんの忘れ物を無事に届けられたでしょうか?
なぜ彼女が夕焼けや夕刻に関する書籍ばかりを選ばれるのかが、やっと分かりました。
お孫さんを、今でも深く想ってらっしゃるのでしょう。
かく言う私も、孫息子のことをずっと想っております。
例えそばにいられなくても。
例え言葉を交わせなくても。
例え会えなくなっても。
例え、少しずつ忘れられてしまっても……
大切な人を想う気持ちは、死ぬことはないのです。
永遠に。
……さて、仕事に戻ることにしましょうか。
ここ ”時の図書館” は、”時” に関すること専門の図書館でございます。
私は館長を務めさせていただいております。
もし、ご縁がございましたら、どなたさまも是非お越しくださいませ。
ご来館を、心よりお持ち申し上げております。
時の図書館 ー雨があがったあとにー(完)
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