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時の図書館 ―雨があがった後に―
「またそれで時を戻したの?」
大切な客人を見送り終えた後、ロビーに飾ってあるサブリエをもとに戻しているところへ、常連の彼女に声をかけられました。
サブリエというのは、フランス語で ”砂時計” という意味でございます。
彼女の口調は、少しの呆れと、幾らかのからかいが混ざり合ったような印象です。
彼女とは知り合ってから随分時間が経っていることもあり、お互いに気安い間柄だと自負しておりますので、そんな口調は彼女の通常運転と受け流すところですが、今日の彼女には、いつもと少し違ってる点がありました。
いつもより、若干、世話好きな性質が強く出ているようにお見受けしたのです。
「いえ、今日は止めただけですよ」
私はニッコリ振り返りながらお答えしました。
彼女の様子をうかがいながら。
「それにしては、随分至れり尽くせりだったじゃない?犬の名前まで教えちゃうなんて」
「シュレーディンガーについては、つい口に出してしまっただけですよ」
「本当に?わざと名前を出して、あの子にヒントをあげたんじゃないの?」
彼女は、鋭い追及をしてきます。
少々勝ち気で、でも洞察力に長けている彼女には、何やら思うところがある様子です。
そのまっすぐな視線には戸惑うばかりで、仕方なく私は「ご想像にお任せいたしますよ」と曖昧な笑顔をお見せしたのでした。
すると彼女は、フン、と強めの息を吐き、暖炉のある部屋へ戻っていきました。
どこからともなく現れたシュレーディンガーは、随分と彼女に懐いているようで、スタスタと後をついて行きます。
二人の後ろ姿を眺めながらも、私が思うのは、今日の若い客人のことばかりでした。
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