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私はサブリエの絵の前に立ち、丁寧に、落ちゆく黒い砂に触れました。
その刹那、ひりりとした感覚が走り、指先には砂の気配が感じられます。
そしてその感触が消えない間に、反対の手で、貸出カードをサブリエの中に挿入いたしました。
貸出カードが、少しずつ、少しずつ、まるで落ちる砂を止めるかのように、絵の中に入っていきます………
ここ ”時の図書館” は、”時” に関すること専門の図書館でございます。
私は館長を務めさせていただいております。
そして、ここ“時の図書館”には、いくつかの決まりごとがございます。
ひとつは、もう皆さまもご存じの通り、入館者は、館内にいる者からの招待を待たなくてはならない、ということです。
無差別に大勢の方が来館されますと、先にご利用の方々にご迷惑をおかけすることも考えられるからです。
他にある決まりごとといたしましては、
ロビーのサブリエの絵には触れてはいけない、他の利用者の迷惑になる行為はしない、などがございますが、皆さまに最も承知しておいていただきたいことは、
<この ”時の図書館” 内では館長命令は絶対> という掟でございます。
なにぶん、私自身のことですので、自ら申し上げるのも僭越かとは存じますが、”時の図書館” のご案内において館長である私のことをご説明しないわけにも参りませんので、このまま続けさせていただきます。
つまり、この ”時の図書館” 内において、館長の私の権限は絶大なのです。
そしてその権限の中に、<自由に時間を動かせる> という項目がございます。
細かいご説明は今は必要ないかと存じますので、端折らせていただきますが、私のその権限を目当てに、この ”時の図書館” に来られる方も多くございます。
そして私がその方々のご依頼をお受けする場合、皆さまには館内から書籍を一冊借りていただきます。
どの書籍でも構いません。
ただし、その貸出本は、もとの時の流れに戻る鍵になりますので、紛失した場合はもとに戻れなくなります。
鍵が無い場合、私の仕事も少々厄介なものになってしまいますが、幸いなことに、今までに紛失された方はお一人もいらっしゃいません。前館長からもそう伺っておりますので、ひとまず、その点においての心配は無用ということでよろしいかと存じます。
それから…………おや、そうこうしてる間に、サブリエの砂は完全に止まってしまったようですね。
では、これ以上のご説明は、またの機会に……
さあ、準備は整いました。
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