匂ひ

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もちろん、こんなことになったのに、笹尾が黙ってるわけなくて。 体育の授業が終わって、着替えてから教室に戻ると、笹尾が教室で腕を組んで、険しい顔で立っていた。 教卓の上には、切り裂かれた体操服。 「え、次って数Aじゃ・・・」 笹尾がいることに驚いた別の子が思わずこう口走ると、笹尾が表情ひとつ変えず口を開いた。 「明日の世界史とチェンジしてもらった。 ほら、座れ。」 笹尾、怒ってる。 すごく。 本当は、清香さんのこと訊きたいけど、とてもそんなこと口に出せる雰囲気じゃない。 ピリついた空気の中、みんなすごすごと自分の席に着席する。 みんなが座ったのを確認すると、笹尾は全員を見回した。 「女子はみんなもう知ってると思うけど、福田の体操服が切り裂かれてた。 体育のオオノ先生からこのことを知らされた時、先生、言葉がでなかった。」 知らされた・・・・? 福田さん、笹尾じゃなくて、オオノ先生にまず伝えたってこと? 笹尾のこと、まだ許してないんだ・・・ チラッと福田さんの方を見ると、机に伏せて、ヒック、ヒックと小刻みに体を揺らしてる。 あの福田さんが泣いてる・・・・ 笹尾は言葉を続けた。 「このクラスの人間がやったとは限らない。 でも、確かに誰かが悪意をもって、こんなことをしたんだ。 ちゃんと話さないといけない。」 しん、と静まり返る教室。 聞こえてくるのは、福田さんの小さな鼻を啜る音だけ。 「これから1人ずつ別室で話をしよう。 この1時間で時間が足りなければ、次の時間も使ってやる。 いいか、俺はこのことを有耶無耶にしておくつもりはない。」 教頭に、止められてるはずなのに。 イジメに干渉するなって、教頭に言われてるはずなのに。 笹尾は自己判断で動いてる。 プライベートだって揉めてるのに、笹尾の心労は、今、いかばかりか。 「ズズッ、くぅっ、」 福田さんが、大きく鼻を啜った。
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