匂ひ

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順番にみんな呼ばれていって、私の番になった。 「詩ちゃん、行ってらっしゃい~(笑)」 千奈が、声をかけてくる。 その表情は、苦笑いにも見えるし、ニヤニヤしているようにも見えるし、 さしずめ、「なんか面倒臭いことになっちゃったね~(笑)」と言う気持ちからくる表情か。 私は廊下を歩いて、空き教室に行った。 「失礼します。」 コンコンとノックして引き戸をあけると、疲れきった顔の笹尾がぽつんと座っていた。 「先生、」 「座って。」 私の顔を見た瞬間、笹尾は頭を抱えて、深いため息をこぼす。 言われるがまま笹尾が座る席の隣に座ると、笹尾は私の方に体を向けた。 「あー・・・・まず、清香のことだけどちゃんと話すから、放課後、教材室に来て。 とりあえず、今清香が動くことはない。 その理由もちゃんと説明する。 後で。」 少し早口で、こう言った笹尾。 清香さんが、動くことはない・・・? なんでだろう、今聞きたい、今聞きたいけど、「後で」って強調してきてるし、とても聞ける雰囲気じゃないっ・・・・ 「・・・・はい。 あの、先生、大丈夫?」 イジメのこととか、清香さんのこととか、いろいろ、抱え込んで。 笹尾は無表情のまま「大丈夫かどうかなんて、気にしてられねぇよ。」と吐き捨てるように言った。 「っ・・・・、みんなから、情報集まった?」 恐る恐るさらに尋ねると、笹尾はペン回ししながらハッ、と小さく笑う。 「ぜーーーんぜん。 ボイスレコーダーまで内緒で仕込んでやってんのに、新しい有益な情報一切無し。」 そっか・・・・・ 私が言えることも、きっと、大した情報にはならない。 それでも、さっきクラスでミキちゃん達が言ってたことを伝えると、笹尾は腕を組んで視線を落とした。 「・・・虐められる方が悪いってやつ、か。」 笹尾は、私を陵辱したときに言ってた。 『てめーの兄貴が虐められるような人間だったからこんなことになったんだろ』 って。 笹尾にも、「虐められる側にも問題がる」 って、意識は確かにある。
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