匂ひ

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「っ、冗談に決まってんでしょ、真に受けないでよっ、 っ、私もう戻るから!」 正気じゃない。 自分の自慰行為を見せてもいい、だなんて。 これ以上、一緒の空間にいるのもいたたまれなくなって、私は勢いよく立ち上がろうとした。 それを、天は許さなかった。 「詩、絆創膏は?」 パシッと私の手を掴んで、大きな目でこちらを見上げる天。 その瞳は、まるで幼い子みたいに無垢で。 ねぇ、あんた、さっきの自分の発言やばいって分かってんの? 分かってたら、私にそんな目向けられないでしょ? 一体どういう脳みそしてんの?? 「絆創膏はいらない、天、手はなしてっ、」 「詩、」 私が手を振りほどこうとすると、天は私の手をグッと強く握った。 「俺、本当になんでもするから。それくらい、詩のことが好き。」 まだ言うか、この男。 好き好き好き好き好き言われすぎると、逆に冷めるのに。 「っ、分かったから、手、はなして。」 天の目を見ずに、同じことを言う。 すると、天は私の手を自分の口元に運んで、その指先を躊躇うことなく口に含み、ゆっくりと愛撫し始めた。 「ぁっ・・・、」 柔らかい唇と温かな舌が、つぷっ……と私の指を飲み込む。 なんか、なんか、心がゾクゾク。 椅子から立ちかけていた体は、いつの間にかまた椅子に座っていて、 天が、私の腰を引き寄せた。 「・・・・詩?」 指先を弄ぶことをやめて、天が私の耳元で囁く。 囁きながら、私の耳を甘噛みしてくるの。 「や、ぁっ、天っ、」 「俺、詩の心の整理ができるまで、ちゃんと待ってるから。」 耳の形にそって、這い回る舌。 卑猥な水音が脳内を犯して、だめってわかってるのに、 このまま、流れに身を任せても別にいい、なんて思ってる自分も確かにいて。 もっと言うなら、 少し、物足りないなんて思ってる自分がいて。 私は、 快楽に弱いと自覚した。
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