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***
「詩。」
その日の放課後、靴箱のところで天が声をかけてきた。
今まさに上靴を脱ごうとしていた私は眉をひそめる。
「・・・何。」
「献花台に行こ。」
は?
天の言葉に、思わず動きが止まった。
献花台、って。
「天、テニス部いかなくていいわけ。」
天と、行く気なんてない。だから他の用事をあえて引っ張り出す。
天は首を横に振った。
「今仮入部期間中だし、俺、もうテニス部入るって決めてるから見学とか別にいらねーもん。」
こういって、私の前に回り込んだ天。
「ね、行こ。
俺、ちゃんと手合わせときたい。」
・・・・・・・。
手を合わせるったって、もうそこに献花台なんてないと思う。
私はため息をついた。
「・・・いいけど、たぶんもう何もないよ。」
「それでも、行く。」
天はじっと、心配そうに私を見つめて言った。
・・・・だめね。
天の思いやりの裏にはどうせ下心があるのだろうと、冷めた目で見てしまう。
私はもう一度ため息をつくと、昔、献花台があった棟に向かって歩き出した。
***
お兄ちゃんが自殺してしばらくは、第1美術室や第1音楽室のある芸術棟に献花台が設置されていた。
美術も音楽も、もともとはここで授業や部活をやってたんだけど、今は新棟に新しく第2美術室や第2音楽室ができて、第2の方が設備が充実して整ってるから、第2がメインで使われるようになった。
もう、この棟を利用する人はほとんどいない。
きいたところによると、この棟はいずれ取り壊されるらしい。
何事も、なかったことにするつもり?
自殺した場所そのものを勝手に壊すなんて、遺族の気持ち、踏みにじってるも同然よ。
私が小学生の頃は、献花台は3階の階段の踊り場に設置されていた。
天と一緒に階段を登ると、そこには献花台、なんて呼べるものは何もなくて。
そのかわり、隅の方に小さなガラスの花瓶がひっそりと置いてあった。
挿してある花は、カラッカラのパリパリ。
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