この道を、顔を上げて歩んでいく

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この道を、顔を上げて歩んでいく

 式を翌日に控えた朝食のあと。  広間を去ろうとする際、王妃がユリウスを呼び止めた。そちらに戻った彼はなにかを言われている。  話を終えて私の隣へやってきたユリウスが、すこし考え込む顔をした。  共に廊下を歩きながら尋ねる。 「どうかなさいました?」 「部屋に来るように言われた。君と一緒に」  式の前日だから、その話だろうか。  アマリア姫として一週間も滞在しているので、準備はほぼ完了した。  一瞬、「私が気に入らなくて予定を取りやめに?」などと後ろ向きな考えがよぎる。だが明日に迫った婚礼の儀は、もはや王妃にさえ覆せない。  ユリウスがこちらの手を握って笑いかけた。 「大丈夫。僕らは共にある」  指定された部屋を尋ねると、王妃づきのメイドが室内に通してくれた。  その場にいたのは、ソファーに腰掛ける王妃だけではなかった。斜め後ろに、平民の服を着た中年女性が立っている。  私は思わずハッとした。  こちらへ微笑むのは、南の町で世話をしてくれたシグネだ。  王妃が優雅な笑みを浮かべる。 「アマリア姫は初めてですね? 私の下で働かせているシグネという者です」 「……初めまして。アマリアと申します」  隣で、ユリウスが深々とため息をついた。 「母上も意地が悪い。逃げ道を断ってから問いつめようとは」 「そんなつもりはないわ。あなたたちもまだまだね。表情がすべてを物語っている」  私が助けを求めるように横を見ると、彼は肩をすくめた。 「なにもかもお見通しだってさ」  私は状況に身体を震わせ、王妃を見、ごまかすことはできないと悟ってうつむいた。 「申し訳ございません……。命を差し出せと仰るなら従います。私はそれほどの罪を犯しました」  だが、王妃は静かな口調で応じた。 「あなたを裁くつもりはありません。私が手を下そうとすれば、ユリウスが是が非でも阻止します。あなたを排除したなら、この子は国を滅ぼすことも厭わない」 「ごめんなさい……」 「顔を上げて、リルヤ」  本当の名前で呼びかけられ、罪悪感に苛まれながら相手を見る。  彼女は息子に似た、穏やかな笑みを向けた。 「私はあなたの味方よ。一度は追放した人間がなにをいまさら、と思うでしょう。けれど私だって一人の母です。できれば我が子とその望む相手を、添い遂げさせてやりたい」 「王妃さま……」 「たしかにこれは大罪です。でも私は嬉しい。国をもってしてさえ、あなたたちの絆を砕くことはできなかった。そんな二人をどうして引き裂けましょう? 私も罪を背負います」  彼女の瞳が潤んでいる。  あたたかい言葉に、私は涙をこぼした。 「王妃さま……申し訳ありません」  ほかの言葉が出てこなかった。  この人はまだ、すべてをひっくり返すことができる。けれどそれを選択しないと言う。  私の肩を、ユリウスがそっと抱き寄せた。  王妃が感極まった声を漏らす。 「今度こそ、第二の母となれるのね」  私は感情をこらえきれずに、両手で顔を覆った。  私を城から出したこの方が、どれほど苦しんだのか。  血の繋がりはなくても、立場の違いがあっても、王妃はずっと想ってくださった。  私は切れ切れに訴えた。 「ありがとう……ございます。お気持ちを決してムダにはしません。私は……神の祝福に包まれています」  すると、王妃のふふっと笑う声が聞こえた。 「欲の少ないこと。覚悟なさい、さらなる幸福があなたを待っています。躊躇してはなりません、飛び込んでお行きなさい。その手で未来をつかみ取るのです」 「はい。この道を、顔を上げて歩んでいきます」
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