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翌朝は、飛ぶように時間が過ぎた。
朝食を取って湯浴みをする。
城内にある教会近くの部屋に移り、念入りに化粧をして、ウェディングドレスを着る。
ネックレス、イヤリング、ティアラをつけ、手元には赤やピンクや白い花のブーケ。
姿見に映る自分が、まるでどこかの国の姫君だ。
もちろん、そう見えなければ困るのだが。
私の隣で、シグネがスカートの広がり具合を直している。
『晴れの日の準備はお手の物』という触れ込みで勤めることになったので、今日は運よくそばにいた。
私はほかのメイドを気にしつつ、彼女に尋ねる。
「化粧が濃くないかしら?」
「素敵ですよ。教会にはたくさんの人がお集まりですし、民へのお披露目もございます。遠くから見ても、あなたさまのお顔立ちが映えるよう」
私は苦笑しながら小声で漏らした。
「これも務めなのね」
「お覚悟を。割れんばかりの拍手と歓声に包まれますわ」
「想像もつかない」
シグネも抑えた声で助言した。
「民はこの婚姻を祝います。王子がいずれ王となり国が富めば、それは『お二人の結婚』あってこそ。ほかでもない、あなたへの賛辞ですよ」
「私は……違うのに」
アマリア姫ではないのに。
するとシグネはしとやかに笑い飛ばした。
「国が栄えれば、それは些事です」
「大胆なことを言うのね」
そのとき、入り口にいたメイドが声をかけてきた。
「アマリアさま、王子がお見えになりました」
扉が開かれ、メイドたちは主人に頭を下げる。
白いタキシード姿のユリウスが現れた。私はその壮麗さに釘付けになる。
真っ白い衣装の中で、ネクタイとベストの薄青が引き締める。スラリとした身体に自然に添い、彼の凛々しさをさらに際立たせた。
メイドたちが感嘆のため息をつく中、ユリウスはこちらを見て、感情をこらえるような笑みを浮かべた。
「きれいだよ」
「ユリウスさまも素敵です」
私は彼をまぶしく見つめた。
相手は不意に困った顔をして、視線をわずかに逸らす。
「いまさら緊張してきた。僕が夫の座についてもいいんだろうか」
「私があなたの妻にふさわしいのか、自らに問うたのは、百回どころではありません」
彼はこちらを見て肩をすくめた。
「誰に止められようと、思いとどまるつもりはないけれどね」
「ここで辞めると仰ったら、全国民が仰天します」
しかし実際には、それどころではない企みを果たそうとしている。
ユリウスがそばへ歩み寄る。
ドレスの裾を踏まないように膝をつき、私の片手を取った。
「僕の妻になってくれますか?」
私は涙をこらえて「喜んで」とうなずいた。
彼があたたかく笑い、こちらの手の甲にキスをする。
ふたたび扉が開き、メイド長がこちらに会釈した。
「そろそろお時間です。どうぞ教会のほうへ」
ユリウスがいったん離れ、私はシグネによってベールを被る。そして彼の差し出した手を取り、椅子から立ち上がった。
ひととき見つめ合い、それから入り口のほうを向く。
するとメイド長が、これまで一度も見たことのない満ち足りた笑みを浮かべた。
「よく……お似合いです」
ハンカチで目元を押さえてから、「失礼いたしました」と頭を下げる。次にこちらを見たときには、キリッとした表情に戻っていた。
「それでは、こちらへ」
彼女の先導に従い、ゆっくり廊下を歩いていく。
教会の扉の前に立ったとき、シグネが後ろの裾を直した。
メイドたちが揃って頭を下げ、メイド長が静かに告げた。
「行ってらっしゃいませ」
私はユリウスと顔を合わせ、彼女らに声をかけた。
「ありがとう」
メイド長が到着の旨を告げると、向こうでオスカリが花婿と花嫁の入場を宣言した。
神聖な扉がおごそかに開いていく。
ヴァルマ国の主だった者が拍手で出迎える。
赤い布の敷かれた通路がまっすぐ伸び、数段高い場所に壮年の神父が立つ。その背後のステンドグラスからまばゆい光が差し込んでいた。
キュッと手を握られて隣を見ると、ユリウスが柔らかく微笑んだ。
「さぁ、征こう」
「はい」
ユリウスと共にバージンロードを歩み出す。
差し込む光はキラキラ輝いて、私たちをまっすぐ導いた。
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