女は赤羽の奴隷か!……1

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女は赤羽の奴隷か!……1

年の瀬にその客が電話で注文してきた三枚のLPは、さしてレア物という訳ではなかったけれど、注文主の方はダイレクトでの受け取り方にこだわった。なんでも以前ネットで購入したレコードのコンディションに酷く失望したことがあるらしく、その目でじかに納得してから支払いをしたいの一点張りで、さらにやや身体も不自由なうえに高齢でもあることから申し訳ないが配達してはいただけないだろうかという申し出が続き、近場ならともかく埼玉じゃなぁと、一度は断りを入れたのだけれど、再三再四の電話攻勢に根負けしたアタシは店のオーナーへその旨報告をしてからスマホのナビを頼りに出向き、紆余曲折な波乱の果てに、どうにかその配達を先程済ましたところだった。  もっともオーナーから「だったら、あれだな、ついでにパッケージ業務行けるじゃん」とここぞとばかりに付け込まれてしまったアタシは、夕方とはもう名ばかりにとっぷり暮れた午後五時過ぎ、赤羽駅にほど近い裏通りの片隅へ、トヨタのクイックデリバリー2tというトラックを路上駐車すると、茶封筒に収まったなにかを手に駅へと急ぎ、最初に構内のコインロッカーへ、続いてその斜交いにある指定のカフェへと人波を縫って進んだ。  以前にもパッケージ業務の際に利用したこの店で、前回同様注文したコーヒーを片手に、混雑しているにもかかわらず家路へ急ぐ人々が行き交う構内が見渡せるガラス窓沿いに設えられたカウンター席のストゥールに空席を見付けると、まるで椅子取りゲームのプレイヤーみたいに急いで腰を下ろした。  クリスマスも既に終わり休みに入ったであろう時期にもかかわらず、構内には制服姿のJKがそこかしこに見受けられた。学校の行事やら部活やらのオフィシャルなJK活動の一環なんだろうか……。入学後すぐにドロップアウトした果てに、野良猫暮らしへと突入してしまったアタシには、正直よく分からなかったけれども、制服の威力だったら身をもって知っている……。 「やっぱ、そうかもねぇ……」 「何がぁ?」  思わず口を吐いた独り言に、思いがけずレスが続き、待ち人の先着を知ったアタシが、声がした左のストゥールへと顔を向けると、今までアタシが眺めていたところ、そうコインロッカーの方を見据えているそいつの横顔がそこにあった。アタシはその視線を追っていった。はたしてそこには先程見かけたJK達とは明らかに異なるパツキンの制服JKがまるでそこだけ縁取りマーカーしたかのような鮮やかな存在感で佇んでいた。その娘は絶妙なたわみ具合のルーズソックスに、膝上遥かでありながらここしかないという絶対領域を成立させたチェック柄スカート、水色のブラウスに羽織った黒い短丈Pコートの前身頃ははだけていて、膨らみ切ったブラウスの胸がそのスタイルを裏書きしているといっても過言じゃないぐらいにサイズ感はタイトに映えていた。 「分かったでしょ?」 「だから、なに?」 「にぶくねぇ。ほら、あれッ!」  そう言ったその瞬間、パツキンJKの前へ品の良いスーツ姿で立ちはだかった中年が、二言三言なにやら言葉を交わすと、やんわりとJKへ頷き掛けた。するとJKの方は、間髪入れずに微笑んで頷き返し、とうとう二人は連れ立って人波へとのみ込まれていったとさ、オシマイ……。 「へぇー、なるほどね」  ズーズー音立ててアイスコーヒーをストローで啜った男はさらに話を続けた。 「サキさんだろ? 二年前にもアンタとここでこうしてさぁ」  アタシは記憶の襞を遡ってみたが、はたしてどうだっただろう? あら、なんだっけ……、あれ、もしやあの時のアイツだったり?  少ししてからあらためて左を向くと、男の横顔へそれとなく探りを入れた。  ズーズー……。  二年の間に通り過ぎていった男どもの顔が浮かんでは消えていった……。でも、こいつがアイツだったんだっけ? 正直確信の持てなかったアタシは吐息混じりに前へ向き直り、試しにこう言ってみた。 「……そうだっけ?」  平静を装って言ったつもりだったけれど、どうにも上ずってしまったと思う。  もっともそれも無理からぬことだった。というのもちょうど二年ぐらい前のこと、もしかしてこの男だったとして、その日のパッケージ業務の間中そこはかとなく感じていた男のねっとりした視線に付け込んだアタシは、今日と同じ裏通りに路駐していたトラックへと男を誘い込んでのセックス三昧、ううんそんな生易しいやつと違い、あれこそはファックと呼ぶに相応しいまさにそれで、それこそとことん激しく勤しんだのだから……。  もっとも、別にこいつ、いやアイツのことがタイプだとかそういうんじゃなかった。ただただ、そう、ようするにその時のアタシは無性にヤリたくって、たまらなく発情してて、だからさ、つまりそういうことだった訳……。  ところがさ、ヤリだしたら、ミイラ取りがミイラって案配で、絶妙に男に付け込まれ、いつの間にやらこいつの性癖に付き合っているアタシがいて、コールにレスポンスな途轍もなくハレンチな数時間と相成ったという次第で、今、冷静に思い返してみても……、嗚呼、ヤバい、おいおいマジかよぉ、ウズウズしてきたぁ……、と思った途端のこと、またもや、すかさず男に付け込まれ……。 「あれ? またまたー。じゃぁさー、なんなら、思い出させてあげようかぁ?」 アタシゃ、そこまでボケちゃいない。無視を決め込むと、一口コーヒーを啜ってからこうレスった。 「さっさと済まして解散しましょ」 「よっしゃー! じゃぁ今日はホテルで済まそうや」 「アンタねぇ、そっちじゃねーって! デレク、どお?」  ズーズー。 シカト決め込みアイスコーヒーときやがった。 「デ・レ・ク‼」 アタシはちょっと頭に血が上り、今度は声高に発した合言葉……。  一瞬シーンと静まった店内に音楽が流れていたのをはじめて意識した。ナンシー・シナトラの 〝 サマー・ワイン 〟 だった。リー・ヘイゼルウッドとの魅惑のデュオにして最高にクールな一曲。もっとも今は冬だけどさぁ。  ズーズー。 男が構わずアイスコーヒーを啜る音と引き換えに店内が平穏なおしゃべりというノイズを取り戻すと、ナンシーとリーはアタシの圏外へと遠ざかっていった……。  しかしこいつ真冬にアイスコーヒーかよぉ……。そう思いながらも、向こうの土俵へズルズル引き寄せられつつあるのを意識せざるを得ない……。 そうだった、あの日もこいつはアイスコーヒーで、今日と同じくLサイズで……。 「ドミノズ」  唐突に放たれた合言葉のレスに、物思いに耽っていたアタシはふっと我に返され、ナノのステンカラーコートのポケットからキーを取り出すと、それを男の前へとポイ捨てした。  が、男はキーには目もくれず、じっと先程見ていた方向へ視線を据えていた。再び、その視線を辿ったアタシは、さっきまでパツキンJKが佇んでいた辺りに今度はボーイッシュな髪形の口元をマスクで隠したJKが落ち着きなく俯き気味で佇んでいるのを見た。上下紺の制服に黄色のセーターを合わせ、膝丈までのスカートにニーハイなソックス、お仕着せのカバンには数種の小さな縫いぐるみが吊るされている。 続く……
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