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この後、涙ながらに『ねえ、こんなに愛し合っているのにどうして認めてくれないの?』と演技をしようかと思ったけれど。
「今日のところは、帰ろう。紗智さんのお父さんも寂しいのだろう」
そんな啓哉のお父さんの声を合図にするかのように、啓哉一家の三人はレストランを後にした。
ちらっと一度だけ振り返った啓哉の顔は、とても寂しそうだった。
「話が違いますよね?」
父と二人きりになるが早いか、私はその胸倉をつかむ勢いで詰め寄る。
「なんのこと?」
「とぼけないでくださいよ、山田さん」
父――いや、山田さんは、呑気にコーヒーを啜っていた。
「いやー。やっぱこういう高っいホテルのコーヒーってうまいよなー」
「私はあなたのせいで、コーヒーの味なんかわからなかったんですよ?」
「ん? なんだ鼻づまりかあ?」
山田さんはそう言って「夏に風邪ひくのはバカなんだぞ」と楽しそうに笑う。
殴ってやろうか、グーで。
私が拳に力を込めながら、無邪気に笑う四十五歳のおじさんを見る。
山田さんは、お父さんではない。
「私はわざわざ、お金を払ったんですよ。それなのになんで言った通りにやってくれないんですか?」
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