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泣きながら歩いて、気がついたらやっぱりあのお城の門の前に来ていた。
錆びて傾いた門扉はわたしが難なく通れるくらい開いたまま。
広い庭の奥にそびえる立派なお城は、蔦が絡まって誰も住んでいないことは明らかだ。濁った窓の奥にはカーテンどころか蜘蛛の巣以外何も見えない。
昨夜のあれはやっぱり幻だったのに違いない。
そう思っていつものように庭に足を踏み入れた。
わたしのお気に入りの場所は庭の片隅にあるのっぽの八角形の建物。
何の為に建てられたのかは分からないけれど、窓はなくて、素敵なアーチに切り取られた壁にかこまれている。その中には空まで登って行けそうな螺旋階段。
登っていった先には、広い世界を独り占めできそうな見晴らしが待っている。
悲しいことがあっても、辛いことがあってもここに来て歌えば忘れられる。
わたしの秘密の場所。
空が真っ赤に燃えているみたいな夕焼けに染まっているのが、差し込んでくる光の色で分かる。
ここからの景色はいつ見てもため息が出るほど美しい。そしてぎゅっと心臓を掴まれたみたいにドキドキする。
太陽が沈むのにつれて変わっていく空の色。
世界が一瞬だって同じ顔をした瞬間はないんだよって言っているみたい。
だからわたしだっていつまでも泣いてなんかいられない。
わたしは大きく息を吸い込んだ。
てっぺんまでは後数段。でも待ちきれずに歌が溢れだす。
ガラガラ声だって歌は歌だもの。
本当は前みたいに明るい声で歌いたい。
そんな気持ちを押し込めて、わたしは歌う。
声が建物の中で反響している。やがてそれが庭の中へ広がる瞬間――。
「!?」
初めてそこに先客がいた。
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