【一章】交換条件

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「サヤ、テレビを点けてくれ!」 「え……テレビ、ですか?」 「ああ、国営放送だ!」  意図を理解したのか、サヤが部屋に置かれたテレビの電源を点ける。 「フェデーレくんから電話だ」 「ダンジェロ先生から!?」 「ああ、やはりハルス病院に居た。連絡が取れないと思っていたら……」  送話口を塞ぐこともせずに、ローラン。フェデーレ・ダンジェロは彼の学生時代からの友人である。  世間には知られていないことだが、ローランは幼い頃から糖尿病を患っている。内服薬と食事、運動療法で日常生活に支障を来たすことはほとんどない。それでも、職務が忙しくなると体調を崩すことがある。  よって、主治医であるフェデーレとはいつでも連絡を取り合うことが出来るようになっている。しかし、人外の襲撃事件があってからは一度も連絡を取れずにいた。最悪の想定はしていた。  人外が占領した第三区には、ハルス大学病院がある。フェデーレは、大学病院の医師なのだ。 「しかし、それと国営放送に何の関係が……!」  アーサーが息を飲む。国営テレビ局もまた、第三区に存在する。病院の屋上から、シンボルである巨大な電波塔が見えるくらいの距離だ。 「フェデーレくん……おい、フェデーレ! おい、どうした! 聞こえているのか!」 『はーい、はいはいはい。そんなに大声出さなくても、聞こえてますよぉ? アンタ達の数十倍は耳が良いからねぇ』  返事は、受話口からではなくテレビのスピーカーから聞こえた。しかも、その声は鈴を転がしたかのように可愛らしい。明らかに若い女の声だった。 「なっ、だ……誰だ、貴様は!? フェデーレをどうした!」 『どうもしてないよー。今は生まれたての子犬みたいにぶるぶる震えてる。いい歳して恥ずかしいよね。あ、アタシはヴァニラ。美少女ワーウルフだよ。ちゃんとテレビ見てるかな、もしもーし?』  三人の目が、一様にテレビの画面へと注がれる。そこには、ローランの机にある資料の顔写真と同じ少女が居た。右手で受話器を持ちながら、にこにこと楽しそうに左手を振っている。  そんな彼女の隣、というよりは足元に(うずくま)るようにして、痩せ細った壮年の男が肩を抱いて震えていた。分厚い眼鏡に、染みの目立つ顔。白衣に(しわ)が目立つが、幸いにもどこかを怪我した風には見えない。  怯えているだけだろう。 『ヴァニラさん。その電話、スピーカーモードに切り替えないと』 『あ、はいはーい。えーっと……』  男の声が聴こえると、ヴァニラが慣れない手付きで電話機を操作する。しばらくして、ヴァニラの視線が再度こちらに向けられる。  同時に、ショートパンツのポケットからトランプのカードを一枚取り出した。こちらに見せるように持つそれは、スペードのキングだ。 『よし、出来たかな。さてと、大統領さん。今日の日付とお天気と、今の時間と……アタシが手に持っているカードが何か答えてください。ちゃんと答えられなかったら……このオッサンの汚い顔面、蹴り潰しちゃうよ?』  ヴァニラのつま先が、フェデーレの脇を撫でる。ひっ、と小さな悲鳴が聞こえた。 『……聞いてる? ねえ、返事しなよ。じゃないと――』 「ま、待て! 聞こえている、絶対に切ったりしない! 今日は九月の二日、天気は曇り、今は午後二時十一分で、カードはスペードのキングだ」  慌てて返答するローラン。数秒遅れて、画面の中からも同じ返答が聞こえてきた。  いくつもの機械を通したローランの声は、全く別物のようだった。 「……間違いなく、これは生放送のようだな」  アーサーがサヤの隣に歩み寄る。長い時間を共にすることでいつの間にか生まれた癖だ。彼女と言葉を交わしたい時、アーサーはいつも彼女の隣に寄り声量を抑えて話し掛ける。  これは録画などではない。ならば、人質達の状況を聞き出すことが出来る筈。ローランに相談出来ない以上、サヤに声を掛けるのは自然なことであった。  サヤもまた、少し低い位置から見上げてくる。無言ではあるが、元から彼女は饒舌な方ではない。何も言わないということは、続きを促しているのだろう。 「問題は、閣下の声が人外達だけではなく、この放送を見ている視聴者にまで聞こえてしまうということだ。下手なことを言えば、閣下の信頼は瞬く間に失墜する」  彼の言葉に、サヤが頷く。ここで少しでもローランが弱みを見せたら、国民達の不安が更に膨れ上がってしまうだろう。 『はい、確認作業終わり! ……これだけで良いんだよね?』 『ああ、上出来だ』  先程とは別の、若い男の声。サヤの肩が、ぴくりと震えた。アーサーとローランは、ただテレビを緊張した面持ちで見つめるだけ。  そして、カメラが乱暴に横へ向かされる。 「ッ、テュラン!?」 「……ッ!!」  アーサーが声を荒げる。同時に、サヤが息を飲んだ気配も伝わってきた。  画面に映るのは、ワータイガーの青年。間違いなくテュランである。 『初めまして大統領。それから、視聴者の人間サマ達。俺はテュラン。一応、今回の襲撃事件の首謀者だ。ヨロシクー』  仮面のような薄っぺらい笑顔を顔面に貼り付けて、テュランが言った。猫の瞳と同じ、細長い瞳孔がこちらを向く。 『せっかくテレビ局を手に入れたからな、今日はこういう形で大統領とお話しようと思ったわけだ。でも、ただ話をするだけではお互い退屈だろ? だから、ちょっとした余興を考えた。大統領、見えるか?』
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