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裏切られた。
それを理解する頃には既に、その姿はシャッターの向こう側へと行ってしまった。
叩かれるようにして、振り払われた手がびりびりと痛い。名前を叫んでも、返事は無い。言い訳も、謝罪も無い。裏切り者と罵ることさえ許されないのかと、独り残された少年は絶望した。
鳴り響く警報音が、彼を責める。
響き渡る大人達の足音が、彼を脅す。
背後から近づく気配が恐ろしく、力の入らない足では立つことさえ出来なかった。
「ちっ、一匹逃がしたか」
「構わん。あれは実験中に死んだことにすれば誤魔化せる。今はこちらを捕獲出来ただけでも良しとしよう、貴重な絶滅危惧種だからな」
額から汗が滲む。瞬きをする度に、透明な雫が目元から零れた。
「そうだな、コイツを逃がしたなんて言ったらそれこそ上からどんなお叱りを受けるか。考えたくもないね」
「全くだ」
サイレンが鳴り止むと同時に、足音も止まる。少年は意を決して、恐る恐る背後を振り向いた。
白衣姿の男が、二人。片方の男が、手に何かを持っている。黒く太い、紐状の何か。見慣れたものだと理解するよりも先に、それが痩せた肩を思い切り打った。
服は裂け、皮膚が破ける。灼熱のような痛みに息が詰まって、悲鳴さえ出なかった。
「おい、顔は止めろよ。上にバレたら面倒だ」
「くくっ、わかっているよ。こんな可愛い顔に傷がついたら、つまらないしな。ただ、行儀の悪いネコには躾が必要だろ?」
激痛に呻きながら、少年が無様に倒れこむ。足音の主が嗤いながら、少年を打った鞭を楽しそうに軽く振っている。
痛い。
転んで擦りむいた膝より、打たれた傷よりも、振り払われたこの手が痛い。
苦しい。
どんなに酷い罵倒より、仕打ちよりも、裏切られたという事実の方が苦しい。
苦痛は手から胸まで這い上がり、やがて心臓から全身へと駆け巡る。いっそ殺してくれと叫んだ。だが、男達は少年の懇願すら靴底で踏みにじった。
意識を手放すことさえ許されず。
「さあ、馬鹿な子ネコちゃん。楽しいお仕置きの時間だ」
意識を手放すことすら許されずに。腕を掴まれ、無理矢理に暗闇へと引き摺り込まれたのだった――
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