【二章】襲撃

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「最初は何だったか。麻酔無しで腹掻っ捌(かっさば)かれて、中身弄り回されたコトかな。アンタには経験ある? びちゃびちゃ中身掻き回されたの、人間の手が好き勝手に掻き混ぜるんだよな。次は……電気ショックとかだったかな。それと、よくわかんねぇ薬の実験台だろ? 餓死寸前まで放っとかれたこともあるし……そうそう、アンタが居なくなってからは更に凄かったぜ」 「やめ……て、もう」 「あれはもう実験とか研究じゃなくて、ただの拷問だったな。血管の中にキモイ虫入れられたり、何十日もの間ずっと額に水滴落とされたり……極めつけは、あはは! 無理矢理電気警棒をねじ込まれたのはもう笑うしかなかったな! ねえ、おねえちゃん? 何処に突っ込まれたかわかる? 想像出来る?」 「もう止めて!!」  情けない悲鳴を上げるしかなかった。そんな無様な格好に少しは満足したのか、テュランがサヤの髪を離した。  沈痛な話を続ける気もないらしく、続きを話すことはしなかった。それでも、サヤを絶望させるには十分だった。  サヤが知っている少年は、自分の浅はかな言動のせいでここまで歪んでしまったのだ。 「あ、そう。じゃあ、もう良いや」  再び足元の剣を拾い上げて、テュランがそう吐き捨てた。何とか腕を支えに上体を起こすも、それまでだった。  彼からの暴行で身体中が激痛に悲鳴を上げている。戦うどころか、逃げることすら出来そうにない。テレポートは凄まじい集中力を要する力だ。超能力無しでは、今のテュランには勝てそうにない。  いや、それ以前に。サヤにはもう、立ち上がる気力が無かった。暴力を振るわれた痛みよりも、見せつけられた現実の方が堪えた。  何よりも大切だった筈のテュランが、此処まで残忍な人外になってしまったことが、サヤから抵抗するだけの気力を削ぎ落としてしまった。 「アンタはどうやって殺そうかな……その綺麗な顔面の凹凸が無くなるまで殴ってみる? それとも、ガソリンかけて火炙りか?」  サヤの攻撃で、かなり体力を消耗したにも関わらずテュランは軽々と大剣を振り上げた。ワータイガーとしての素質なのか、それとも苛烈な復讐心が彼を突き動かしているのか。  右肩を蹴られ、再び地面に押し倒される。そのまま腕を固定するように踏みつけられれば、冷たい切っ先が右の手首をつうっと撫でた。 「よーし、決めた。最初は手首、次は足首、肘、膝、肩、大腿、最後に首を叩き斬ってバラバラにして、腐らない内に下水道に捨てよーっと。……それがテメェにぴったりの末路だ!!」  凶悪な刃が煌めく。それを受けることが、自身に用意された罰であるのなら。サヤは目を閉じて、すぐに訪れるであろう痛みに覚悟した。  だが、痛みはいつまで経っても来なかった。辺りに銃声が響くのと同時に、テュランの顔が痛みに歪む。 「ッ、痛……!?」 「サヤ!! 無事か!?」  聞き慣れた声に、はっとして身体を起こす。テュランが剣を取り落として、右の手首を押さえている。出血は大したことはなく、掠めただけのようだ。  助けが来たことよりも、彼の無事に安堵を覚える自分が酷く滑稽だった。 「……アーサー?」 「サヤから離れろ、テュラン!!」  再び、銃声。テュランが舌打ちして、地面を蹴って下がる。アーサーがサヤの壁となるように躍り出て、銃を構える。 「ちっ、良いトコだったのに……カレシのご登場かよ」 「無事か、サヤ?」  再び問われれば、頷くしかなく。アーサーはサヤとは別行動していた筈。途中で誰かと交戦したのか、服の所々が破れ、顔には擦り傷が出来ている。加えて、左腕がだらんと力無く下がったままだ。  それを気に掛けることもせずに、銃を投げ捨ててアーサーが叫ぶ。 「先程ヴァニラと交戦した時に、左腕を損傷した。右脚も怪しい。すまないが、今回は撤退するぞ!」  言い終わるや否や、アーサーの右腕がサヤの腰に回されて軽々と抱えられる。彼は身体の殆どが機械で構成されたサイボーグだ。腕力は常人を上回ることに加え、サヤは細身の女性。  そして、撤退すると決めたアーサーにはどう足掻いても説得など出来ない。 「あれー? よく聞いたら、その声……電話で喚いてたお兄さんじゃねーの? なる程、サイボーグか。それならアンタも俺達と同じ、人間のオモチャだったのか」 「……黙れクソガキ、貴様等と一緒にするな」 「アハッ、こわーい。まあ、何でも良いや。テメェのこともぶっ殺したいって思ってたし? おねえちゃん諸共ぶっ殺してやるよ」  いつの間にか、テュランが拳銃を構えて嗤っていた。先程、アーサーが放った拳銃だ。しまった、これで自分達に反撃する為の武器は無くなってしまった。アーサーが顔を顰めて、テュランを睨み付ける。  でも、それも束の間だった。 「……出来るものなら、やってみろ」 「は? この状況でついにイカレたか……え、なっ――」  テュランは引き金を絞るも、弾は発射されなかった。恐らく想像出来なかったことなのだろう。呆ける彼の隙を逃さず、アーサーが一気に距離を詰める。  いつもよりずっと鈍い動きだったが、意表を突いた行動はテュランの鳩尾に一撃喰らわせるだけの時間を十分に稼いだ。 「げほっ、うぐ……いってぇ! くっそ、大統領のパシリのくせに安弾なんか使ってんじゃねーよ!!」 「それに関してだけは同意だ。今後は二度と、弾詰まりなどという失態を演じないように心掛けよう」  そう吐き捨てて、アーサーはテュランに背を向ける。強く地面を蹴って、サヤを抱えたまま全速力で駆け出した。  右脚を負傷しているとは言ったが、彼は凡人とは異なるサイボーグ。大柄な身体に不似合いな駿足を持って、テュランとの距離を一気に稼ぐ。テュランが体勢を立て直した時には、何もかもが遅かった。 「……って、おい!! 逃げてんじゃねーよ、弱虫! バカ! 裏切り者―!!」  喚き立てる様子は、まるで幼子のよう。しかし、それが更にサヤを追い詰めた。アーサーの拘束を振り解こうともがくも、彼の鋼鉄の腕から逃れることはついに出来なかった。  否、逃れる気など無かったのかもしれない。テュランを説得出来なかった。それどころか、突き放されて深い傷を心に受けた自分が情けなくて。そんな自分を助けてくれたアーサーに、甘えようとしているのかもしれない。  自分の気持ちすら、もうサヤにはわからなかった。 「サヤ」  アーサーの声が、サヤを呼ぶ。彼にはテュランのことを話せていない。 「その……テュランとは、知り合い……だったのか?」 「……ごめんなさい」  きっと、幻滅したに違いないのに。この相棒は、気の毒になるくらいに人が良いのだ。  だから、サヤは謝ることくらいしか出来なかった。 「ごめん……ごめん、なさい」 「良いから、後で……話を訊かせてくれ」 「うん、ごめんね……」  何度も何度も繰り返す。だが、どれだけ贖おうとも、きっとサヤの罪は許されない。許されてはいけないのだ。  あの時、あの瞬間。テュランを振り払った手が、じくじくと痛むようだった。
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